個性的すぎる映画館 ③ 独自のセレクトで人気を集めるミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」〜未経験から立ち上げた女性支配人の思い

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 JR中央線、営団地下鉄東西線の阿佐ヶ谷駅から徒歩約5分。雰囲気の良いレトロな商店街を抜けると、座席数48席のミニシアターがある。日本のクラシック映画の上映館として知られる「ラピュタ阿佐ヶ谷」WEB の姉妹館「ユジク阿佐ヶ谷」だ。

「ユジク阿佐ヶ谷」の支配人、武井悠生さん(撮影:Avanti Press)

 「ユジク阿佐ヶ谷」は2015年4月にオープン。現在、年間約250本(特集の日替わり作品含む)の映画を上映し、作品にちなんだトークイベントなどを数多く開催している。切り盛りしているのは女性支配人、武井悠生さん。映画館の経営はもちろん、勤務経験もなし。そんな武井さんがどうして支配人になったのか?

映画館誕生のきっかけ

 ハリネズミのイラストが書かれたオレンジ色のフードが映画館の目印。館名はロシアのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインの代表作『霧の中のハリネズミ』(1975)に登場する“ヨージック”から取った。

「ユジク阿佐ヶ谷」の外観(撮影:Avanti Press)

 地下1階に降りると、ロビーには映画のポスター、チラシ、グッズや雑貨が所狭しと並んでいる。この日が最終上映となった韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017) WEB は完売の大盛況だった。「満席で帰っていただくお客さんがいると、毎回、申し訳ない気持ちになります」と武井さん。

 映画館誕生のきっかけは、「ラピュタ阿佐ヶ谷」を経営する才谷遼さんが東日本大震災をきっかけに映画『セシウムと少女』(2015)WEB を初監督したことだった。地元・阿佐ヶ谷を舞台に高校生のヒロインが経験したひと夏の冒険を描くファンタジー。

 “一刻も早く映画をお客さんに観せたい”という思いがあったが、自身の映画館「ラピュタ阿佐ヶ谷」は半年先までラインナップが埋まっており、上映する余地がない。そこで、思いついたのはアニメ学校「アート・アニメーションのちいさな学校」の試写室とスタジオの一部を改装して、映画館としてオープンするというアイデアだった。

支配人を引き受けることができた理由

 支配人を任せられた武井さんは1988年生まれ、当時27歳。多摩美術大学出身で、CM制作会社の勤務を経て、アニメ学校の事務局スタッフに。その後、『セシウムと少女』のアニメパートのスタッフとして参加していた。

「ユジク阿佐ヶ谷」の支配人、武井悠生さん(撮影:平辻哲也)

 「私が転職をする前から、ここを映画館にしようという話は、元々あったそうです。あとはタイミングでした。映画館を作る話が決まった時に、支配人は誰がやるのか、という話になったんです。『ラピュタ阿佐ヶ谷』の支配人から『武井さんがやったら?』と言われ、“じゃあ、私ですかね”と言ったんです」

 「人生はチョコレートの箱のようなものだ。開けてみるまで分からない」というのは『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)の名せりふだが、人生とは不思議なものだ。

 「人員的な理由で、軽く引き受けてしまったものの、始めてからが大変でした。映画館で働いたことはありませんでしたし、何をやっていいのかが分からない。『セシウムと少女』の時に手伝ってくださった方から、配給について、さわりの話を聞いただけで、すべて手探り状態でした。何も知らなかったからこそ、引き受けられたのかもしれませんね」と振り返る。

試行錯誤を重ねてたどり着いた「お客さんが求めているもの」

 開館当初の上映設備はブルーレイとDVDの再生機のみ。上映できる作品は限られていた。

 「どんな作品をかければ、お客さんが喜んでもらえるのか、まったく分かりませんでした。最初は、『セシウムと少女』寄りのメッセージ性の強いドキュメンタリー作品をかけていました。個人的にはアニメーションが好きなので、特集上映もしてみましたが、まったくお客さんが入らないんです。お客さんがゼロの時もあり、どうしようかと悩みました」

現在のスクリーン(撮影:Avanti Press)

 映画館経営は作品選び、手配のほか、もぎりの人員のローテション作りまで多岐に渡る。1本の作品を長く上映するのであればまだしも、年250本の作品を回していくには労力も経費もかかる。“試しては失敗”の繰り返しだった。2015年8月にはスクリーン、客席、音響機器を一新し、新たにロビー・スペースも広げて、リニューアルオープン。

 2016年2月に会員制度(入会費・年会費1,000円。提示で一般料金から割引&12回スタンプを集めると6か月有効の招待券プレゼント)も始めた。会員数は5,000人を数える。その年の6月にDCP(デジタルシネマパッケージ)の上映システムを導入してからは作品選びが広がった。

アットホームな雰囲気のある現在の客席(写真:Avanti Press)

 ユジクと縁もあるノルシュテイン監督特集、チェコアニメ特集、アキ・カウリスマキ監督特集、ジャック・タチ特集、1960年代の女の子映画の決定版と言われるチェコ映画『ひなぎく』(1966)などがヒット。今年は実写を全編油絵タッチの動く絵画として描いた異色作『ゴッホ〜最期の手紙〜』(2017)が人気を集めた。

 「お客さんが観たいのは映画館でしか観られない作品かなと思います。単体の作品だけではなく、新作を過去作品と合わせて上映する特集が人気です。2か月に1回はかけていきたいです」

創意あふれる空間づくりと“家ではできない体験”

 作品にあわせて行なわれるトークイベントも人気の一つだ。「ネットフリックスに入っていれば、家で気軽に映画を観られますが、映画に関係した人、映画を観てもらいたいと思う人と話せること。それが映画館の魅力じゃないかと思います。最初はトークをやれば、お客さんが来るはずだ、という思いで始めたのですが、今は純粋にお客さんにもっと映画を楽しんでほしいという思いが強いです」

壁一面の黒板アート。描かれているのは、イラストレーターのたなかみさきさんによるイー・ツーイェン監督『藍色夏恋』(2002)のイラスト。特集上映「台湾巨匠傑作選 2018」に合わせたもの(撮影:平辻哲也)

 武井さんには、映画プラスαを提供したい、との思いがある。インスタ映え必至の黒板アート、スタッフの手書きボード、作品に合わせたグッズ、雑貨も数多くあり、ロビーを見ているだけでも楽しい。壁一面の黒板アートは、上映作品に合わせて、画家やイラストレーターに依頼。展示期間は2週間〜1ヶ月。

グッズや商品が並べられたロビー(写真:平辻哲也)

 「ニャンてかわいい!ネコ映画特集」(2018年2月3日〜3月2日)では有名な画家・絵本作家のヒグチユウコさんに引き受けてもらえた。黒板アートはあまりの素晴らしさに毎回、消すのがもったいない、との思いに駆られるという。

行動の繰り返しが、少しずつファンの輪を広げていく

 大ヒットアニメ『この世界の片隅に』(2016)では、映画の舞台である広島・呉の老舗「中元本店」の名物のラムネを販売し、好評だった。

ロビーに飾られた『この世界の片隅に』のポスター。片渕監督のサインも(写真:平辻哲也)

 「この作品を、まだ映画館で観たい方がいっぱいいるんだなと思い、上映2日目に、思いついて、仕入れたんです。こないだの豪雨災害のこともあったので、何か少しでも力になれればとも思いました。せっかく仕入れたんだから、宣伝もしなきゃと思って、POP(宣伝物)を作ったり、ツイッターで宣伝しました。そうやって、やることが毎回、増えていくんですよ」と笑う。

設立以来のスタッフが手がけたボード(写真:平辻哲也)

 思いついては即行動。「毎回、ギリギリで思いついちゃうんです。だから、スタッフを振り回していますね。学生時代はアニメ制作をしていましたが、今の仕事が楽しい。世界には、すごい作家の方がたくさんいます。そういう方をこれからもどんどん紹介していきたいです」と武井さん。

 自転車で駆けつける地元のファンも多く、阿佐ヶ谷には欠かせない町の小さな映画館になっている。

ユジク阿佐ヶ谷 WEB
住所 東京都杉並区阿佐ヶ谷北2−12−19 B1F
電話 (03)5327-3725
営業時間 初回上映の20分前より開館(日によって変動あり)各回入れ替え制、全席自由席

【個性的すぎる映画館シリーズ】
①開館10年、映画の町・尾道の顔となった「シネマ尾道」~20代の女性映画ファンがミニシアターを開館させた奇跡
②中国で初めて国産映画を上映した映画館「大観楼」~変わりゆく北京の中で伝え続けるモノとは