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日本映画の巨匠たちが選んだロケ地は今【小津・成瀬・黒澤編】

成瀬巳喜男監督『浮雲』~ゆき子と富岡が歩いた渋谷

林芙美子の同名小説を原作に、堕ちていく男女を冷徹かつ美しく描いた『浮雲』(1955)は、「女性映画の名手」として知られる成瀬巳喜男監督の最高傑作と称される作品。

Story:太平洋戦争のさなか、タイピストのゆき子(高峰秀子)は、赴任先のベトナムで出会った農林省の富岡(森雅之)が妻帯者であることを知りつつ結ばれる。終戦後に東京で再会すると、妻と離婚するという富岡の約束は反故にされており、失意のゆき子は生きるためにやむなく米兵の情婦に。それでもふたりは別れられず、何年にもわたって不毛な関係を続けるが……。

 映画の冒頭、引き揚げ船で帰国したゆき子が訪ねて行く富岡の家の表札には「渋谷区代々木上原」の文字が見えます。この当時から代々木上原は高級住宅地。関東大震災後、高台にあって比較的安全な宅地であること、渋谷・新宿というターミナル駅に近いことなどから富裕層が多く移り住んだのだそうです。戦中までの富岡は農林省技師といういわばエリート。ここに家を構える余裕もあったのでしょうが、戦後は事業がうまくいかずに家を売ることになります。

実際の撮影は八幡通り沿いで行われた(撮影:Avanti Plus)

 ふたりの恋愛の舞台は東京からベトナムのダラット、伊香保温泉、鹿児島、屋久島まで移っていきますが、ロケ撮影嫌いで知られる成瀬監督のこと、実際の土地で撮影を行ったシーンはそう多くないようです。伊香保温泉の階段はオープンセット、ベトナムや屋久島のシーンは伊豆で撮影したのだとか。

 それでも、ところどころ空き地になっている代々木上原の町や、ふたりが待ち合わせをする千駄ヶ谷の駅前などはロケ撮影を行っており、当時の東京をうかがうことができます。

現在の千駄ケ谷駅(aki/PIXTA)と約100年前の千駄ヶ谷駅(提供:Avanti Press)

黒澤明監督『天国と地獄』~横浜の町を見下ろす権藤邸

 黒澤明監督の『天国と地獄』(1963)は、誘拐犯と警察の捜査陣の攻防、そして巻き込まれた人々の苦悩を描く、息詰まるようなサスペンス・ドラマ。

Story:製靴会社の重役・権藤(三船敏郎)のもとに、「子どもを誘拐した」という電話が入る。しかし誘拐されたのは同じ年恰好の運転手・青木(佐田豊)の息子で、犯人は人違いにもかかわらず権藤に身代金3000万円を要求した。事業計画のために用意していた金を身代金に回すことは地位も財産も失うことを意味するが、権藤は要求に応じることを決意。犯人の指示通り、金をふたつの鞄に詰め、東京発の特急こだま号に乗り込むが……。

 犯人・竹内(山﨑努)はかなりの知能犯らしく、「子どもを間違えた」などと笑いながら余裕の態度で電話をかけてきます。「丘の上にお高く構えやがって」と竹内がいうように、権藤邸は浅間台の高台に建ついかにもお金持ちの家。事件は「浅間台誘拐事件」と名付けられます。

 権藤邸の大きな窓からは横浜の町が見下ろせると同時に、遠くからでも家の存在が目立つという設定。窓から見える横浜のショットは実際に浅間台から撮られていますが、下から見上げた権藤邸の外観のセットは、京浜急行本線・南太田駅(横浜市南区)の裏あたりの丘の上に建てられました。

南太田駅裏あたりの丘(コン太くん/PIXTA)

 一方の竹内が住んでいるのは、浅間台を下った浅間町にある質素な3畳一間のアパート。高台の権藤邸と、夏は暑く冬は寒くて寝られないというその部屋との違いを、竹内は天国と地獄のようだと感じ、憎悪を募らせていたのでした。

 2019年度アカデミー作品賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019)も、高台の窓の大きな豪邸に住む富裕層一家と半地下の部屋に住む貧しい一家を対比させるという構図。ポン・ジュノ監督はインタビューで、『天国と地獄』にインスパイアされたことを明かしています。

<次回は木下惠介監督『二十四の瞳』と川島雄三監督『幕末太陽伝』をご紹介します!>

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