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『MOTHER』大森立嗣監督インタビュー「なんとも分からない感情、それを撮りたい」

河川敷という、どこにも属してない場所で

新荒川大橋を渡る周平と秋子『MOTHER マザー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 (c)2020「MOTHER」製作委員会

――秋子が祖父母殺しを示唆しながら周平と歩いて渡る、長い「新荒川大橋」のシーンは印象的でした。

大森 あそこのイメージは、すぐに出てきました。最初のロケハンでは、もう少し短い橋だったのを、先が見えない橋に変更してもらいました。歩いても歩いても先が見えない感じを出したかったので。

――“渡ったらもう戻れない”場所であるという印象と、“たどり着きたくない”という周平の気持ちを、あの橋は表しているように思いました。

大森 そうですね。面白いのは、河川敷は撮影申請を出すとき、国交省、建設省と担当をたらい回しにされることが多いんですよ(苦笑)。それはつまりどこにも属していない場所だから。『タロウのバカ』(2019)は、そういう場所として自覚的に河原を選んで撮影しています。

 『MOTHER マザー』にも、秋子が、周平と遼との娘・冬華とともに堤防敷で寝起きするシーンがあります。でも彼らはどこにも属していないのではなく、社会の隙間にいる。区や生活保護の担当者から存在を確認されていながらも、社会からすり抜けてしまった。ロケを行ったコンクリートに囲まれた堤防敷は、すぐ傍を人が行き交い、車が走っていますが、人々の意識からすり抜けてしまっている。そういう場所なんです。

現場は驚くほど柔らかい

祖母(木野花)を訪ねた周平『MOTHER マザー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 (c)2020「MOTHER」製作委員会

――秋子や周平の光を消した目が印象に残っています。特に周平役の奥平くんの面会室での目。彼の感情をどのようにそこへ持って行ったのかと驚きました。

大森 あのシーンは、最後の方に撮らせてもらっているので、撮影を積み重ねた奥平くんがたどり着いた気持ちであり、表情です。彼にはずっと「嘘をつくな。自分の感じたことが一番でいいんだ。俺が答えを持っているわけでもないし、おまえが何を思うかが一番大事なんだ」と伝えてきました。彼が長澤さんと目線を合わせ、彼女に引っ叩かれたりしながら、最後に周平として何を思うか。もちろん微調整はしましたが、基本的には「おまえが何を思うかが一番大事」だと言い続け、とにかく彼を信頼し続けるだけでした。

 奥平くんが感じるものを撮りたいのに、つまらないプレッシャーをかけて、心が自由に動かなくなったら意味がない。最近は同じスタッフで制作することも多いので、みんな僕の意図を分かっている。昔の映画の現場みたいに誰かの怒鳴り声が聞こえるみたいなことはありません。驚くほど現場は柔らかいです(笑)。

映画に愛される女優、長澤まさみ

遼(阿部サダヲ)と秋子『MOTHER マザー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 (c)2020「MOTHER」製作委員会

――現実の事件を描くという難しいことをよく決着させられたと思いました。

大森 脚本というしっかりとした設計図があったので、記録にある部分は撮れるんです。難しかったのは、秋子らが社会の外側にいるとき。例えば、ホームレスになった秋子が、道に寝転がっているシーン。日本の女性のああいう姿を描くことが、映画として成立するのか。

 また秋子と周平らが形成している、誰も邪魔できない純粋培養で奇妙な愛を描くのもすごく難しかった。でも、それこそが興味のある部分。周平を引っ叩いた後、秋子が抱きしめるのは愛なのか? なんとも分からない感情にこそある。それを撮りたい。そう思っています。

周平と冬華(浅田芭蕗)と秋子『MOTHER マザー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 (c)2020「MOTHER」製作委員会

――ご一緒してみて長澤さんはいかがでした?

大森 一本の映画に関わるのは大変なこと。長澤さんがこの映画をやりたいと思ってくれたことと、俺と一緒に映画を作りたいと思ってくれた気持ちを信じることから始まりました。長澤さんは、今や日本を代表するトップ女優。ある意味、映画に愛されている。でも、現場ではすごく不安がるんですよ。

 でも、その不安さとか臆病さみたいなことが、実はけっこう大事なのかもと感じました。この人は名誉もお金も実力もある程度持っているのに、なんでそこまで不安がるのか、なぜこんなに謙虚なのかと思います。その感じが好きというか、これからもそうあってほしい。映画に愛されているよ、あなたは、と思っていますが。

『MOTHER マザー』
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中
監督:大森立嗣 脚本:大森立嗣、港岳彦 企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸 音楽:岩代太郎 撮影:辻智彦 
出演:長澤まさみ、阿部サダヲ、奥平大兼、夏帆 皆川猿時、仲野太賀、木野花 ほか 
配給:スターサンズ、KADOKAWA

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