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『Red』三島有紀子監督インタビュー② 正直なテーマは「愛とはなんだ?」

【物語の核心に触れる部分(ネタバレに相当)があるため、作品鑑賞後にお読みになることを強くお薦めします】

 島本理生がセンセーショナルなテーマに挑んだ小説「Red」を、夏帆と妻夫木聡で映画化した『Red』。映画はときとして、監督が無意識に思うことを露呈させるのかもしれない。三島有紀子監督への「インタビュー、第2回では作品のテーマや「自分の暗部から目をそらせなかった」とする理由を掘り下げてうかがった。

「愛とはなんだ?」が正直なテーマ

――監督が今まで作られてきたものを観ていると、この作品は、「愛する形」を描く作品のターニングポイントなのかなと思いました。現時点で“愛”をどう捉えているのか、この作品を撮りたいと思った理由は?

三島 愛とはなんだ? 恋愛という深淵を、目を逸らさずのぞき込んでみる、というのが今回の正直なテーマでした。『幼な子われらに生まれ』を撮るとき、映画化権を持っていた荒井晴彦さんに会いに行った理由は、「『恋文』(1985年)の逆転バージョンをやりたいから」でした。「現代なら女性は出て行っても、しれっと戻ってくるのではないか、と思っている」という話をしに行ったんです。

三島有紀子監督(撮影:池田正之)

 『幼な子われらに生まれ』を映画化したいという話も、今の日本は離婚も再婚も多く、外国の方との結婚も増えている。家族や結婚のスタイルは変わっていくべきだ、という話をさせていただいたなかから出てきたものでした。ただそれを描くなかで、かつて夫婦だった2人(寺島しのぶさん、浅野忠信)が、“喧嘩をする。でもセックスしてしまう”のが印象に残ったんです。そういうところが男と女であり、ああいう仲直りの仕方って、恋愛関係がなければ成立しないものだと。『Red』は、そこをきっちりと見つめようと思いながら撮りました。

――今、不倫に対する社会の反応は驚くほど厳しいですよね。当事者の人生を終わらせるが如く制裁を加える。そんな状況が続く現代から観ると、いろいろな見方ができる映画じゃないかなとも思いました。

三島 難しいですよね。本来、愛するとか好きになるという感情は、決して悪いことではない。例えば、誰かを本気で愛せたり……それは恋愛じゃなくても仕事でもなんでもいいんですが、強く愛せたり好きになれること自体、奇跡的なことだと思っています。

『Red』2月21日(金)より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー (c)2020『Red』製作委員会

 軽く好きになることはあっても、心の底から愛したいとか、愛せると思えるものとは、なかなか出会えません。私の場合は、それが映画なんですが、“愛するものを愛してもいい”という環境になることが、次の奇跡じゃないですか。

 たとえば、相手も自分が好きだとか、私なら映画が撮れるようになるとか、それがまず奇跡なので、そこに思いを至らせる余地なく否定となるのは、そもそも自分の心の奥底と向き合うきっかけを失っているんじゃないかと思うわけです。なぜ好きになったのか? 好きになった人とだと“なに”が満たされるのか? 深く掘り下げるきっかけだと思うんです。できればそれは、恋愛をスタートさせる前になんですが。ご家庭がある、などの環境もありますからね。

――奇跡とは偶然か、自分が呼び込むことができるものなのか、どちらだと思いますか?

三島 うーん。呼び込むのは難しいですよね。人間が何かを愛するきっかけには、両方ある気がします。能動的に愛したいものを探し出し、出会うこともありますし、まったく意識していなかったのに“それ”が現れた瞬間に探していたものに気づくこともある。

 ただ、私は「エロスとは、より高いもの、自分に欠けるものを求めてやまない衝動」と言ったプラトン説がちょっと近いかなと思っています。でも、やっぱり愛って業ですよね。いずれにせよ罪深いです。

光と影―自分の深淵を覗いた作品

――「陰翳礼讃」の話もありましたが、この映画では光と影をどのように扱おうと思いましたか?

三島 私は、なにか出来事が起きたとき、まずその事件のあらましではなく、見えない部分について考えます。影の部分と言いますか、見えていない部分や人に見せるのが嫌いな部分を意識的に見てしまうんです(苦笑)。

 それを踏まえると見えている部分が美しく感じられるのは、おそらく相当「陰翳礼讃」に影響を受けているんだと思います。見えている部分だけは、絶対魅力的に思えない。

――谷崎潤一郎の作品が、「陰翳礼讃」のあと、変わっていったのと同様に、『Red』は三島監督の転機になりそうですか?

三島 一度この作品が最後の作品なのかもしれないと思ったことがあります。自分の考えていることや感じていることが、伝わらない、伝えきれない、ということをこの作品の制作中に多く体験しました。それだけ、繊細だったとも言えますが。そこまで伝えきれないもどかしさを味わったのは初めてだったので、不甲斐なくて。

 でも、撮って、仕上げチームと編集して音をつけて完成したものを観ると伝えきれないと思っていたことが、スクリーンに鮮明に映し出されていました。「自分の中に誰にも壊せない何か」があったんだ、と。これはこの上ない経験でした。そして同時にスタッフやキャストが自分のことも作品のことも深く理解してくれていたことがあらためて伝わってきて、今までにない感情が広がり、あらためて頭が下がりました。当たり前なのですが、とても悩んで作っていたので。

 いろいろな意味で自分の暗部から目をそらせなかった映画なので、そういう意味では自身の深淵を覗いた感覚があります。それは、撮影中に一番強く感じました。

なにを“Red”として描くのか?

――夏帆さんは、そのあたりをどう感じていらっしゃったんでしょう?

三島 夏帆さんは非常に悩む方。夏帆さんが悩む姿を、私は冷静に見ていたという感じです。それこそ、夏帆さん自身も深淵を覗かざるを得ない状況でしたし、監督である自分も潜り込んで行かなきゃいけなかった。

(c)2020『Red』製作委員会

 妻夫木さんはある種の戦友としてそれを見守り、機能してくれたと思います。妻夫木さんには、たとえば「新潟に来た鞍田は、もしかしたらもう亡霊かもしれない。そういう方向でやってみたら夏帆さんのお芝居がどうなるかやってみましょう」という感じで伝え、仕掛けてもらいました。ご覧いただいたとおりですが、2人の芝居、素晴らしかったと思います。

 死を目の前にしたとき、人間は何を作りたく、何を愛したいのか、どこまで明確に覚悟を持って生きられるのか? 鞍田にはその覚悟があった。そういう意味で、この人を成就させてあげたいという思いが、私のなかにあったかもしれません。

――妻夫木聡さん演じる建築家の鞍田は、三島監督から見てどのような人物ですか?

三島 かつて塔子と恋愛していたときの鞍田は既婚者でした。そして現在、塔子に離婚して欲しいとは思っていないと思います。人生を全うするまでの間、ちょっとでも一緒にいる時間が欲しいだけ。

(c)2020『Red』製作委員会

 最後に塔子を愛して、彼女の人生を彼女らしく生きる方向に導きたいと、強く思っている男なんだと描いていました。人生を導く精霊みたいな存在ですかね。そういう意味では彼は一番、思いを成就させているかもしれません。勝手な男とも言えますが、私はそんな鞍田を魅力的だと思っています。

――塔子は自分の意思で選んでいるようにも、またしても振り回されているようにも見えます。

三島 前半の塔子は振り回されていると思いますが、最終的に彼女が心の底から愛したいと思ったのは鞍田で、少なくとも元の場所に戻ることが自分の人生ではないと気づいた。途中で、塔子は運転を代わり、朝日のなかを走っていきます。それは、塔子が彼を選んだというより、自分を選んだというふうに描きたかったから。果たして隣には本当に彼が座っているかも分かりません。

 それに、本当の彼女の選択はその後にやってきます。映画上の構成は最後ではないですが……。それこそが彼女が彼女の人生を初めて生き始めた瞬間なのです。世間では正しくないかもしれない決断は、独りの女性が相当覚悟して、決めていることですから。そここそ、自分が作る意味だったと思います。

――そんなシーンに、高峰秀子さん主演の『浮雲』(1955年)や岸惠子さんが駒子を演じた『雪国』(1957年)を髣髴としました。過去の作品にインスパイアされる、もしくはオマージュすることはありましたか?

三島 『ヘッドライト』(1956/アンリ・ヴェルヌイユ監督)、『ヘッドライト』をリメイクした『道』(1954/蔵原惟繕監督)も観ていますし、フランソワ・トリュフォーが好きなので『隣の女』(1981)も観ています。トリュフォー作品やいろいろな作品に影響を受けているのは間違いないですが、関わったスタッフ、キャストみんなの世界観でもありますから。それぞれが影響受けたものが出ていると思います。

 映画の世界のなにを“Red”として描くのか? それは“Red”を探して自分のなかを掘り下げる作業。それを映像で表現するとどういうものなのか。焼き尽くされる炎なのか、希望が見える朝日なのか、そんなようなことをひたすら考えながら作った作品です。

『Red』
出演:夏帆、妻夫木聡、柄本祐、間宮祥太朗 監督:三島有紀子 原作:島本理生 脚本:池田千尋、三島有紀子 撮影:木村信也 音楽:田中拓人

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