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監督はなぜ今『影裏』を撮ったのか? 感情の小さな動きを積み重ねて描く“声なき声” 

 岩手県在住の作家、沼田真佑の芥川賞受賞作を、岩手県盛岡市出身である大友啓史監督が映画化した『影裏』。人の肌、汗、太陽光や雪、花や草、木、川、山、たばこの煙、会社の執務室、倉庫、車の車内。匂いや手触りなどそれぞれの感覚は、映画が終わってからも離れず、しばらく『影裏』の世界から抜け出せなかった。

『影裏』 2020年2月14日(金)より全国ロードショー  (C)2020「影裏」製作委員会配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント

 物語は、こうだ。転勤をきっかけに移り住んだ盛岡市で、土地にも人にも親しむことなく、一人の生活を送っている医薬品会社の社員、今野(綾野剛)。ふとしたことで同僚の日浅(松田龍平)と出会い、釣りを通じて交流を深める。だが、ある日、日浅は忽然と姿を消した。いなくなった友の行方を、今野は追う。浮かびあがるのは日浅の知られざる顔。その過程で今野自身も目を背けていたものと向き合い、ゆっくりと再生していく。

鑑賞者がまず触れる、湿り気を帯びた今野の肌

 まず目に飛び込んでくるのは、しどけなく眠りこける今野の姿。暑い夏。下着のショーツ姿で無防備に寝ている今野の、湿り気を帯びた肌の感触が伝わってくる。情事の後のようなエロティックさは全く感じられない。伝わってくるのは、知らない土地で、自分の生活を見つけようとしている一人の人間の日常だ。

 ただし、最初に彼の肌に触ったような感覚を味わったため、我々は今野を自分の代弁者のように感じながら、映画をスタートさせる。大友演出に早くも持っていかれる。

『影裏』 2020年2月14日(金)より全国ロードショー  (C)2020「影裏」製作委員会配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント

 今野が通う会社内部はどこも薄暗く照明されていて、息苦しい。執務室も倉庫も。光があたるのは、それらを結ぶ渡り廊下だけ。今野はそこで禁止されている喫煙をする日浅と出会う。見たことのないほどのアップで切り取られた顔。香りを漂わせながら、日浅の長くきれいな指がたばこを弄ぶ。今野の視点で日浅を観ることになった我々は、そんな彼の一挙手一投足に魅了される。

日常の積み重ねで描かれる今野の“ときめき”

 仲良くなった彼らだが、今野は日浅の連絡先を知らない。そのため、ということもあるが、主導権を持つのは日浅。アパートの場所を知っている日浅が、今野の部屋を訪れる。居心地のよさそうな家具や、毎日水やりを欠かさない鉢植えの花が収まっている彼の部屋で、ふたりは日浅の抱えてきた土地の日本酒を朝まで飲む。

『影裏』 2020年2月14日(金)より全国ロードショー  (C)2020「影裏」製作委員会配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント

 または勤務中に予定を決め、渓流釣りをする。ジャズを聴きに行く。どちらも日浅が誘う。知らない土地で、詳しくないジャンルの遊びを教えてくれる日浅に、たぶん今野はときめいている。今野視点で観ている我々もときめくので、今野の心理状態は手に取るように分かる。

 ふたりが釣りに行くシーンは、雫石町内の「志戸前川」や盛岡市内の「米内川」で撮影されたそうだ。初めての釣りはくるぶしまでの浅瀬。回を重ねるごとに川と緑は深まっていく。その風景は、今野が“嵌まっていく”さまを表しているのだろう。釣りにも、自然にも、日浅にも。

『影裏』 2020年2月14日(金)より全国ロードショー  (C)2020「影裏」製作委員会配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント

 ふたりがジャズを聴きに行くのは、実在のジャズ喫茶「ベイシー」(一関市地主町7‐17)で撮影された。ベイシーは、世界中にファンのいる老舗ジャズ喫茶。岩手県一関市で50年営業を続けるマスター、菅原正二の生き方を描いたドキュメンタリー『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』も2020年5月29日に公開される。

 奥に貼られた『大人は判ってくれない』(1960年)のポスターは大友監督の趣味だろうか? 日浅と今野は、古本屋に寄り、櫻山神社(盛岡市内丸1-42)の参道の商店街など盛岡城跡公園の周辺を歩き、何気ない休日を謳歌する。

日浅が口にする“生命のサイクル”

 ある日、日浅は「おまえの川に連れて行けよ」と今野に言う。彼の釣りスポットに向かう途中には、苔むしたミズナラの倒木があった。その美しさ。なぜその巨木だけ倒れたのか、木が辿ってきたドラマを感じる。日浅はこのミズナラに執着し、「死んだ木に苔がついて、また新しい芽が出る」と、生命のサイクルを口にする。そして、今野に言う。「光が当たったところではなく、その裏側の影の一番濃いところを見るんだ」と。

 このシーンで黄色と黒の模様が印象的なジョロウグモの雌がアップで映し出される。この美しいクモは雌。色も冴えないうえ、雌より小さい雄クモは、交尾の時が来るのを雌の網に居候しながら待ち、交尾を終えた後、雌クモに捕食されて死を迎えることも多いそうだ。これも自然のサイクル。ジョロウグモの黄色と黒の模様が視覚に印象深く残る。

『影裏』 2020年2月14日(金)より全国ロードショー  (C)2020「影裏」製作委員会配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント

 春にこの地で起きるなかなか鎮火しない火事見物の話など、日浅が“大きなものの崩壊を傍観するのを好む”ことが描写されるシーンが何度かある。日浅にとって大きなものの崩壊とは何を意味するのか? やがて映画のなかで、3月11日、東日本大震災が起き、こともなげにその日以降の生活が描かれる。そして、その日に目撃された情報を最後に、日浅は姿を消す。

大友監督はなぜ『影裏』を撮ったのか?

 大友監督は、なぜ今、この映画を故郷・盛岡で撮ったのか? その理由を、大友監督は「東日本大震災のとき、盛岡のために何もできなかったが、自分の会社を立ち上げ、準備が整った今、やっとこの企画を進めることができた」のだという。

 「オリンピックの熱気に包まれ、人々はたぶん震災を忘れてしまう。だからこそ作品を観てくれた方と、震災の記憶を共有したい。朝行ってきます、と出かけたのに、帰って来られなかった人が多数いる。そういう声なき声を伝えるためにこの作品を撮った」

 日浅の消息を追う今野のまえで、知りたくなかった彼の側面が次々に明らかになる。ミズナラにかこつけて今野に注意喚起した、日浅のダークサイドが。加えて、今野自身が、未消化のまま、転勤にかこつけて置き去りにした自身のありようも。置き去りにしたのは恋人の存在。その邂逅も描かれる。この場面を小説は電話での会話で成立させているが、映画は実際に会わせて話をさせる。

 この脚色が素晴らしくいい。小説が足元を眺めさせることで彼の人生の逡巡を描いているのだとしたら、映画は上を向かせることで同じものを描いている。映像を伴うメディアであることを最大限に利用した表現。これは『愛がなんだ』(2019年)などの脚本家・澤井香織の仕事なのか、大友監督のアイデアなのか?

 大友啓史監督にとって『影裏』とは何か? これまでアクションで時代が動くのを描写してきた大友監督が、感情の小さな動きを積み重ねることで描こうとしたもの。それは思いのほか、大きな時代の節目なのではないか? 歴史は、ある一部の人間に委ねられたものではなく、今を生きる一人ひとりの人生のうえに成り立っている。そう描こうとしたのではないか。この作品と同時代に生き、目撃したことにときめいている。

『影裏』
監督:大友啓史 脚本:澤井香織 音楽:大友良英 原作:沼田真佑 綾野 剛、筒井真理子/中村倫也、平埜生成/國村 隼/永島暎子、安田 顕、松田龍平 配給:ソニー・ミュージックエンターテイメント (C)2020「影裏」製作委員会 2020年2月14日(金)より全国ロードショー

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