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『カツベン!』ロケ地はあなたの町かも? ①大正時代の映画館を求めて津々浦々

 AKB48のコンセプトは「会いに行けるアイドル」。このコンセプト、“ライブ”好きな日本人にフィットしたようで、AKB48は大人気となりました。映画が誕生した頃にもこのコンセプトに近い人々が人気を誇っていました。それは“活動弁士”。映画に音がなかった時代、上映されている映画を楽隊と共に、活動弁士が“説明”したのだそうです。

 そんな活動弁士を主人公にした映画が、周防正行監督の『カツベン!』。今年、多くの映画で存在感を見せた成田凌が初主演し、活動弁士に憧れ、激動の時代に名弁士になろうとする青年を演じています。成田凌演じる俊太郎は、子どもの頃から“活動写真(=映画)”が大好き。特に近くの白雲座の弁士・山岡秋聲(永瀬正敏)のファンで大きくなったらあんなふうになりたいという夢を持っています。

俊太郎を演じる成田凌は本作で映画初主演 (c)2019 「カツベン!」製作委員会

 しかし、夢はそうやすやすと叶わない。弁士募集に応募したら、活動写真は表向き。悪事の片棒を担ぐことになり、初恋の人ともいえる幼なじみの梅子(黒島結菜)と再会するも、人気弁士の茂木に取られる始末。ブレブレな俊太郎の未来と、まだ固まっていない映画興行の世界がリンクして描かれていきます。

劇場で働くようようなった俊太郎と幼なじみの梅子(黒島結菜) (c)2019 「カツベン!」製作委員会

“カツベン”ってなんだ!?

 もう少しだけ活動弁士について説明したいと思います。映画の始まりは、1896年に作られた、装置をのぞき込んで観るタイプの映像再生機。エジソンの発明した「キネトスコープ」と言われています。やがてそれは劇場で皆が前を向いて同じ映像を観る形になり、現在の“映画”になりますが、誕生から35年間くらいはサイレント(無音)で上映され、名称も活動写真と呼ばれていました。

 音楽も生活音も台詞もない映画を観るのはとてもきつく、すぐ眠くなってしまいます。それにまだ日本人の多くが外国の生活様式を知らなかった時代なので、説明がないとなにが行われているのかよく分からない。そこで映画館は、活動写真を説明する人=活動弁士を雇っていました。

活動弁士となった俊太郎  (c)2019 「カツベン!」製作委員会

 活動弁士は、映画を観て、自分でシナリオを書きますが、演じ方は毎回、同じではなく、その日の客の反応を見つつ変えていったのだとか。同じ映画なのに、内容まで変わるくらい演じ分ける活動弁士もいたそう。自分の撮った映画とまったく違う内容で語られてしまうことを、嘆く映画監督も多かったと聞きます。

 そんな活動弁士はとてつもなく人気だったそうです。時の首相より多く稼いでいた弁士もいたそうで、映画を観に行くというより、活動弁士に会いに行くという感じ。まさしく会いに行けるアイドル! 『カツベン!』では大人気弁士・茂木を、高良健吾が演じていました。

大正時代の映画館を求めて日本各地へ

 活動弁士の物語のため、いくつか映画館が登場します。大正時代の映画館には、江戸時代からある芝居小屋を映画も上映できるように改装したものと、映画上映専門に新しく建てられた近代的(当時)なものがありました。

 この映画の舞台は関西圏。設定としては“舞台は奈良あたり”なんだそうです。だから登場人物の多くは関西弁。でもロケが行われたのは東北から関西まで幅広い地域。時代背景である大正期の建物や雰囲気が残る場所を求めたら、広範囲でロケを行うことになったのだそう。

映画in映画!活動写真を撮る俳優を演出する周防正行監督 (c)2019 「カツベン!」製作委員会

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