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高倉健と北海道の深い縁とは? 『鉄道員(ぽっぽや)』公開20周年

「もう一度、健さんと仕事をしたい」

 『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)は当時、東映東京撮影所所長の坂上直氏が、定年間近となった東映東京撮影所スタッフ、または定年後嘱託となって撮影所に残っていたスタッフの、「もう一度、高倉健さんと仕事をしたい」という溢れんばかりの思いをすくい取り、企画した浅田次郎原作の映画化です。スタッフの「活動屋としての最後の夢」をしたためた手紙が高倉健の心を動かし、『動乱』以来19年ぶりに東映撮影所で撮る作品となったのだそうです。

©1999「鉄道員(ぽっぽや)」製作委員会

 蒸気機関車のカマ焚きから機関士を経て幌舞駅長となり、間もなく定年を迎える乙松(高倉健)は、幌舞線とともに生き、娘・雪子(広末涼子)が生後2カ月で亡くなった時も、妻・静江が病死した時も、業務を優先した頑固な鉄道員。

 そんな不器用な男の一生を、北海道の鉄道と共に描いた作品のロケ地は、JR根室本線の幾寅(いくとら)駅舎と、構内に建てられた幌舞(ほろまい)駅のセット。2016年の台風で、JR根室本線が一部不通となったため、現在もこの地域ではバスでの振り替え輸送が続いています。

今にも健さんが現れそうな幾寅駅

 高倉健さんが立っているような気がしてならない幌舞駅のセットは、今もしっかりと残されています。2016年の台風でJR根室本線が一部不通となったため、現在もこの地域ではバスでの振り替え輸送が続いています。幾寅駅は『幸福の黄色いハンカチ』のロケを行った新得駅から2つ目。健さんは、本当に北海道の鉄道と縁のある方ですね。

今も残されている「幌舞駅」(写真:Avanti Plus)

 故・降旗康男監督から、『新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義』(1972)の撮影の際、100人からの撮影所スタッフを北海道ロケに連れて行き、結果的にある窮地から彼らを救ったという趣旨の話をうかがったことがあります。そこにはもちろん、主演の高倉さんの助力もあったそう。『鉄道員(ぽっぽや)』はその時、救われたスタッフの恩返しの場でもあったかもしれません。

「幌舞駅」の内部(写真:Avanti Plus)

 11月10日(日)に開催される「映画『鉄道員(ぽっぽや)』公開20周年記念上映会」の収益の一部は、「幌舞駅」ほかのロケセットの維持費として南富良野町に寄付されるとのこと。映画をみんなで観て楽しみながら、幌舞駅ロケセットの保存に貢献してみませんか?

映画『鉄道員(ぽっぽや)』公開20周年記念上映会 WEB
日時:11月10日(日)15:30 開演 (15:00 開場)
会場:丸の内TOEI (東京都中央区銀座3丁目2−17)

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