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展示内容がガチすぎる!「上海電影博物館」にみなぎる“映画の都”のプライド

 チャン・イーモウ監督やチェン・カイコー監督らの第五世代、ジャ・ジャンクー監督やロウ・イエ監督の第六世代……。近年の日本ではシックなイメージが強い中国映画ですが、いわゆるクラシカルな「銀幕のスター」が輝いた時代をご存じでしょうか。1920年代後半から40年代後半、上海は“映画の都”として多数の「上海映画」とスターを生み出しました。30年に満たない期間ながら、中国映画のマスターピースとされる作品も多く制作されています。今回はそのすべてと現在までの歩みを詰め込んだ「上海電影博物館」(上海映画博物館)をご紹介しましょう。

正面エントランスからして規模が桁違いの「上海電影博物館」。左右の登山テントは『クライマーズ』(2019年9月30日中国公開予定)のプロモーション用に設置(撮影:goo映画編集部)

上海と香港の密接な関係とは?

 地下鉄二号線「上海体育館」駅から徒歩数分、漕渓北路沿いにそびえるモダンなビル群は映画関連企業などが集まる「上海電影集団」(上海映画グループ)です。グループの映画部門「上海電影制片廠」(上海映画スタジオ)は、かつて上海映画界を支えた民営の映画会社がルーツ。このため、ビル1階から4階を占める「上海電影博物館」(上海映画博物館)には、上海映画の濃密な歴史と“映画の都”としてのプライドが凝縮されました。総面積約1.5万平方メートル(!)の展示フロアはまず、中華圏&上海映画を支えた映画人の紹介から始まります。 

中華圏映画の映画人が来場者をお出迎え。近未来の宇宙船風な展示デザインも必見(撮影:goo映画編集部)

 続くコーナーは、上海映画人の詳細展示。香港映画ファンが注目すべきは、上海七大歌姫のひとりチョウ・シュアン(周璇)でしょう。ウォン・カーウァイ監督作『花様年華』(2000)で、チャウ(トニー・レオン)とチャン夫人(マギー・チャン)が耳を傾ける曲「花様的年華」を歌った女性です。

ウォン・カーウァイ監督作『花様年華』に“歌声出演”したチョウ・シュアン(撮影:goo映画編集部)

 1958年に上海で生まれたカーウァイ監督は、5歳で香港に移住しました。『花様年華』の年代は彼の子ども時代です。当時の香港は英国領。その国際性や先に移住した上海人が築いたビジネスなどによって繁栄期を迎えており、上海人はモダンの象徴でもありました。そのイメージを巧みに表現した存在こそ、『花様年華』でレベッカ・パンが演じたスエン夫人です。レベッカ自身も1930年に上海で生まれた移住組であり、60年代香港の空気を実際に経験しています。

 上海人の香港移住は、1937年の日中戦争が近づくにつれて本格化しました。彼らは香港で様々なビジネスを興し、製造基地としての土台を築きます。映画界もまた、香港入りした上海の映画人や映画制作会社が新しい力となり、1940年代後半にはチョウ・シュアンも香港制作の映画に出演しました。前述のレベッカも、おなじころに香港で歌手デビューを果たしています。『花様年華』のサウンドトラック盤に収録されている「ブンガワン・ソロ」は、彼女が18歳のときに録音した曲です。

上海映画の歴史は中国映画の歴史

 さて、次のコーナーでは上海の映画史が紹介されます。上海初の映画上映は1896年6月30日、広東籍の裕福な商人の私有庭園で行われたそう。1897年にはホテル「礼査飯店」(2017年12月末に閉店した「浦江飯店」)で外国人向けに上映され、1908年には「虹口大戯院」が中国初の一般営業映画館としてオープンしました。ちなみに、goo映画で以前ご紹介した北京の映画館「大観楼」は、1905年に中国人による初の映画撮影を行ったレン・チンタイ(任慶泰)がオーナーです。

中国映画誕生の地! 国産映画を初上映した北京「大観楼」

 上海映画界の隆盛は、第一次世界大戦が終了した1918年以降。1920年代から誕生した映画会社は合計約200社とされていますが、大半はすぐに淘汰されました。中国で出版された書籍「上海電影」によると、20世紀初頭から1949年の中華人民共和国(中国)成立まで、上海で制作された作品はおよそ1800本。ここには『神女』(1934)や『大路』(1939)、『春の河、東へ流る(一江春水向東流)』(1947)、『小城之春』(1948)といったマスターピースが含まれており、上海映画界の歩みは中国映画の歴史そのものでもあるそう。ちなみに、レスリー・チャンが『夜半歌声 逢いたくて逢えなくて』(1995)としてリメイクした『夜半歌声』(1939)も、この時期の上海で制作されています。

名作の詳細な紹介と上映スペースのほか、各映画会社の開設は当時使用していた蓄音機なども展示(撮影:goo映画編集部)

 中国が成立した1949年、北京の「北京電影制片廠」(北影・北京映画スタジオ)と上海の「上海電影制片廠」(上影)、長春の「上海電影制片廠」(長影・長春映画スタジオ)が国営として設立されました。これが現在の“中国三大映画スタジオ”です。一方、上海の民営映画スタジオは合併して「上海聯合電影製片廠」(上海連合映画スタジオ)となりましたが、1953年には上影と合併しました。以後の上影は次々と名作を発表します。

年代別に大量展示されている上影作品のポスターや関連雑誌は、レトロな色遣いやデザインが魅力的。もちろん保存状態も良好。さすがです!(撮影:goo映画編集部)

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