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大名なのに引っ越し貧乏!? 『引っ越し大名!』に見る“城と大名”の微妙な関係

大名なのに引っ越し貧乏!?

 親藩は「国替え」が多い、と前述した通り、直矩の系図となる直基(なおもと)系越前松平家を見ただけでもかなりの回数です。

  初代・松平直基:越前勝山藩→越前大野藩→出羽山形藩→播磨姫路藩
  二代・直矩:播磨姫路藩→越後村上藩→播磨姫路藩→豊後日田藩→出羽山形藩→陸奥白河藩
  三代・基知:陸奥白河藩(転封なし)
  四代・明矩:陸奥白河藩→播磨姫路藩
  五代・朝矩:播磨姫路藩→上野前橋藩→武蔵川越藩

 どうやら鬼門は姫路城のようで、幼少期に幕府の重要拠点である同城で家督を継ぐと、幼さのため治めるのは難しいと判断され、転封させられたようです。それにしても直矩の(父の時代の出羽山形藩から始まる)生涯7回という国替え回数は群を抜いており、江戸では“引っ越し大名”と揶揄されていたとか。原作「引っ越し大名三千里」(ハルキ文庫)には、直矩の代で既に5万両の赤字という記載も見られます。

『引っ越し大名!』8月30日全国公開 (c)「引っ越し大名!」製作委員会 イラスト:かがやひろし

 五代・朝矩以降は、直矩の子孫もやっと川越藩に落ちつけたのですが、八代・斉典の頃になると先祖が作った累積赤字が約23万6千両まで膨らみます。その債務を整理するために、斉典は1840(天保11)年、経済状態のいい庄内藩への転封を画策します。庄内藩主・酒井忠器を越後長岡藩へ、越後長岡藩主・牧野忠雅を川越藩へ転封させ、自分は庄内藩に入ろうとした国替え、いわゆる「三方領知替え」です。しかし、この計画は実行されることなく終わりました。

 なぜなら、庄内藩主・酒井忠器が「天保(てんぽう)の飢饉」で真っ先に農民へ救いの手を差し伸べた名城主だったからです。その忠器が転封させられるのを、農民が黙って見送るわけもなく、一揆に近い騒動を起こし、江戸に直訴して横暴を訴えたため、幕府が許可をしませんでした。でもこれ、八代・斉典だけの罪ではなく、転封で直基系越前松平家を追い詰めた幕府が元凶なんじゃないかと思えるわけです。

国替えが作った絆は現在も

 そんな国替えも、悪いことばかりではありません。1823(文政6)年に行われた陸奥国白河藩主・松平定永が伊勢国桑名へ、桑名藩主・松平忠堯が武蔵国忍へ、忍藩主・阿部正権が白河へ転封となった国替えでは、それを縁に現在も福島県白河市、三重県桑名市、埼玉県行田市が文化的な姉妹都市提携を続けています。前の領地で培ったことを、次の領地でも活かしたことで、いまもより良く育まれている文化があるのだと思います。

 史実を踏まえた国替えプロジェクトに、国替えミュージカルと呼びたい野村萬斎振付・監修の「引っ越し唄」のシーンあり、直基系越前松平家に本当に伝わる家宝・御手杵の槍を使ったアクションシーンありと、エンタテインメントに富んだ時代劇。普段は名城として雄々しくも優美な姿を見せてくれる城のひとつひとつに、様々な大名と家臣たちの物語が刻まれていることが分かる作品でもあります。また、本の虫だった片桐が、その知識を駆使して、難問を解決していく姿は痛快。もやもやしている方にもお勧めします! 次に姫路城を訪れたら、武士でありながら武術が苦手な片桐が、同僚にからかわれながらも唯一息をつくことができた書庫の存在にも思いを馳せてみてください。

引っ越し大名! WEB
監督:犬童一心 原作・脚本:土橋章宏「引っ越し大名三千里」(ハルキ文庫刊) 出演:星野源・高橋一生・高畑充希・小澤征悦・濱田岳・西村まさ彦・松重豊・及川光博 2019年8月30日より全国公開

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