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『天気の子』が記録する東京の様変わり 新海誠監督の鋭い時代感覚とは

岬の端、田端で生きる陽菜が見る空

 『天気の子』にはもう一カ所、歌舞伎町とは異なる場所が印象的に登場する。陽菜の住む家のある、京浜東北線と山手線が交わる田端だ。よく北から東京に来た者は城東・城北に、南から来た者は城西・城南に住み着くことが多いと言われるが、城東にある田端は、城西地域である新宿とは少し異なる文化圏といえる。

JR「田端」駅南口を出てすぐ。ファンが大勢訪れているのですぐに分かる(撮影:Avanti Press)

 東京、もとい江戸が徳川家康によって作られた町であることは、よく知られた話だ。入り江だった海を埋め立て、水路を張り巡らし、攻め込まれづらい、政治の中心となる場所を、家康は作らせた。そんな江戸時代の田端は、台地の端にあった。JRの内側は台地、外側は田んぼ。田の端で田端、なのだ。ちょうど陽菜の家へと向かう坂道は台地の際だった。江戸時代は景勝地として知られ、粋人たちが月を眺めながら虫の音に聴き入った場所だったと記されている。もっとさかのぼれば東京の台地は岬だったので、衝動にかられ狭い島を出た帆高は、またも東京の際で身動きが取れなくなったとも言える。

陽菜の家はこの上にある設定。ゆるいカーブを描くあたりで陽菜は空を仰いでいた(撮影:Avanti Press)

 陽菜は天気にまつわる特別な力を持っているのかもしれないし、そうではないかもしれない。いずれにしても彼女がめぐる場所は、江戸の鬼門だ。田端は、江戸の鬼門を守る上野の寛永寺の寺領だった場所だし、離れて暮らす須賀親子の邂逅を、陽菜と帆高が見守る増上寺のある芝公園は裏鬼門だ。新海監督は、映画の隅々まで考え尽くして作る作家なので、きっとこの符合も単なる偶然ではないように思う。

子どもであることを許されないリアル

 ティーンエイジャーの男女の出会いと成長を描きながら、本作には『小さな恋のメロディ』のようにそれほど遠くない未来に二人の恋が終わるだろう感じはなかった。彼らは子どもなのにも関わらず、大人にならざるを得ない二人で、大人以上に現実を直視して生きているからだ。

 子どもでいることを許されない子どもたちを描いた作品に、是枝裕和監督の『万引き家族』(2018)や『誰も知らない』(2004)などがあるが、それを題材に選ぶ感覚はかなりいまっぽい。新海監督が時代を鋭利に切り取るのをここでも感じた。『天気の子』が、ファンタジーでありながら、リアリティを感じさせるのはこの切り取り方なのだろう。

 「不思議だね。いつも歴史はほんの一握りの人間の肩にかかっているみたいだ」と言ったのは、「エースをねらえ!」の漫画家・山本鈴美香さんの佳作「7つの黄金郷(エルドラド)」のヒロイン、オリビエ。やはり子どもであることを許されなかった、イギリスの運命を背負った男女の双子を主人公にしている。『天気の子』は、もしこの世界が一握りの人間の肩にかかっているなら、それは帆高と陽菜であって欲しいし、そしてそれを全力で応援したいと観客に思わせる映画。彼らの幸せを願わずにはいられない。その可能性を探るために、また映画館に足を運んでしまいそうな予感すらしている。

『天気の子』 WEB
原作・脚本・監督:新海誠、音楽:RADWIMPS、キャラクターデザイン:田中将賀、作画監督:田村篤、美術監督:滝口比呂志、声の出演:醍醐虎汰朗・森七菜・本田翼・吉柳咲良・平泉成・梶裕貴・倍賞千恵子・小栗旬、2019年7月19日より全国東宝系にてロードショー

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