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ロケ地常連の東京・下北沢が再開発で変貌? 街の魅力と未来を考える「SHIMOKITA VOICE」

 ジャン=ピエール・リモザン監督の日仏合作映画『TOKYO EYES』(1998)、市川準監督『ざわざわ下北沢』(2000)など、映画の舞台になった“シモキタ”こと東京・下北沢。個性的な店舗と劇場がひしめき合う“サブカルの街”として知られていますが、再開発による劇的な変貌に、住民じゃなくとも戸惑うばかり。2019年7月13日と21日、そんなシモキタの現在と未来を検証するイベント 「SHIMOKITA VOICE」が、北沢タウンホールで開催されました。そこで語られた街の魅力と今起こっていることを元に、シモキタを歩いてみます。

「SHIMOKITA VOICE」の会場は北沢タウンホール12Fのスカイサロン。シモキタゆかりの女優・角替和枝さんのお別れ会も今年1月にここで行われた(撮影:中山治美)

ままならない人生のよう!? 現在の下北沢

 昨年末、下北沢・駅前劇場で行われた劇団「ろりえ」10周年のミュージカル劇「ミセスダイヤモンド」で、人生の複雑さを下北沢駅に例えて、高らかに歌い上げる一幕がありました。小田急と京王井の頭線の工事が始まって改札口が変わって以来、シモキタに来ては「また目的地と逆方向に出ちゃったよ」という失態を繰り返す、日々の生活さえままならない者としては激しく同感したものです。でも、演劇人たちが、なんだかんだと街をイジるところには、街に育てられたという愛情を感じるじゃないですか。

シモキタといえば「鈴なり横丁」。1969年建築の木造二階建て(1階が飲み屋、2階がアパート)の建物に、劇場が造りこまれたという(撮影:中山治美)

 2007年にスタートした「SHIMOKITA VOICE」にも同様の愛を感じます。シモキタゆかりの人たちがトークやライブ、パフォーマンスを通して再開発について広く訴えてきた本イベント。再開発見直しを求めて訴訟も起こした活動の足跡は、ドキュメンタリー映画『下北沢で生きる SHIMOKITA 2003 to 2017 改訂版』(2017)にもなり、今年も5月に地元の 「下北沢トリウッド」で上映されました。カメラは2017年に取り壊された駅前食品市場など街の変遷もしっかり写っている貴重な映像記録でもあります。

左/DVD「下北沢で生きる改訂版」DVD  定価2000円(税込) 右/こちらは写真家・荒木経惟が撮影した「ライカで下北沢」シリーズ。2017年に取り壊された駅前食品市場もとらえられている(写真提供:SHIMOKITA VOICE実行委員会)

ライブトークで知るシモキタの今昔

 さて、2019年の「SHIMOKITA VOICE」は2つのライブトークを実施しました。まずは 「北沢川文化遺産保存会」のきむらけんさんや、最近は演劇の方で活躍している青山真治監督が参加した「路地文化としての演劇と音楽の街〜その軌跡と再開発の行方」。文化としての街の歴史を掘り起こす内容です。そして、世田谷区長の保坂展人さんらが参加した「〈和解〉から〈協働〉へ、その現在と未来」は、再開発による街の現状を見つめる内容でした。保坂区長はほぼレギュラー出演者です。

ライブトーク「路地文化としての演劇と音楽の街〜その軌跡と再開発の行方」に参加した青山監督。今年5月に作・演出を務めた舞台「しがさん、無事?」を下北沢小劇場B1で上演し、シモキタ・デビューを果たした(撮影:中山治美)

 いや、しかし驚きました。シモキタが“演劇と音楽の街”であるのは有名ですが、映画の街でもあったのです。きむらさんが作成した「下北沢文士町文化地図」によるとシモキタにはかつて北沢映画劇場、下北沢ヲデオン座、下北沢映画劇場、グリーン座、ピンク映画館の北沢エトワールがあり、さらに東宝と日活俳優の寮や、駅前には映画監督らが集う喫茶店「マコト」(現在のピーコックあたり)もあったそうです。

シモキタの変化を見守る「庚申堂」(撮影:中山治美)

 住居を構えていた文士は、横光利一、萩原朔太郎、斎藤茂吉、森鴎外の娘である森茉莉、大岡昇平、宇野千代など多数。シモキタは1927年に小田急線が開通したことで発展した街ですが、文化人を惹きつける磁場は何か? 映像作家の萩原朔美さんは「文章を書く人は特に、うろうろして(思考を巡らすために)散歩ができる街じゃなきゃダメ。路地と坂。そこがすごく重要じゃないか」と分析します。