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映画の過去と未来を見据えた12日間 第72回カンヌ映画祭を振り返る

 2019年5月14日から25日まで開催された「第72回カンヌ国際映画祭」は、ポン・ジュノ監督の『Parasite』(英題)が韓国勢初のパルムドールを受賞して幕を閉じた。カンヌの魅力をグルメからご紹介した次は、「映画の過去と未来」を見据えた12日間をじっくりと振り返ってみよう。

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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』左からブラッド・ピット、クエンティン・タランティーノ、マーゴット・ロビー、レオナルド・ディカプリオ (Photo by Stephane Cardinale – CorbisCorbis via Getty Images)

エンタメ性と社会批判を両立させた作品に高評価

 『Parasite』は現地星取り表での評価もペドロ・アルモドバルの『Pain And Glory』(英題)と並んで高く、観客受けも非常によかった。2018年の『バーニング』、2016年の『ありがとう、トニ・エルドマン』のように批評家受けが抜群の作品が無冠に終わることが続いたので若干心配していたが、杞憂に終わってよかった、よかった。堂々たる受賞だ。

『Parasite』でパルムドールを受賞したポン・ジュノ監督(撮影:石津文子)

 『Parasite』は、全員失業中のキテク(ソン・ガンホ)一家が、IT企業社長(イ・ソンギュン)の家に、家庭教師をきっかけに寄生することから始まる悲喜劇。大笑いしているうちに、予想外の事態となり、格差社会の闇が暴かれていく。

 今年はこの『Parasite』を頂点に、移民や格差問題をSFラブストーリーに昇華した新人マティ・ディオプ(セネガル)のグランプリ受賞『Atlantics』(英題)、シューティング・ゲームの標的となってしまった南米の村が舞台の審査員賞受賞『Bacurau』など、エンタテイメント性と社会批判を両立させた作品が、大きな賞を受賞する結果になった。

まさに円熟期 男優賞バンデラスの絶品演技

 この傾向は、ジム・ジャームッシュのゾンビ映画『The Dead Don’t Die』をはじめ、今年のラインナップにジャンル映画を意識したものが多かったことからも、ある程度予想できた。ここに自伝的映画『Pain And Glory』を持って来たペドロ・アルモドバルは、やや割を食ってしまった感がある。アルモドバルは念願のパルムドールは逃したが、彼の分身的存在のアントニオ・バンデラスが男優賞を受賞した。

『Pain And Glory』で男優賞を受賞したアントニオ・バンデラス(撮影:石津文子)

 今年は『バベル』(2006)、『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)のアレハンドロ・G・イニャリトゥが審査委員長を務め、21歳のエル・ファニングが史上最年少で審査員に選ばれたことが話題となった。エルの抜擢からもわかるように、新風を呼び込みたい一方で、審査員団は完成度の高いアルモドバル作品を無冠に終わらせるわけにも行かず、バンデラスの受賞となった気もする。とはいえ、初老の映画監督を演じるバンデラスの演技は絶品で、円熟期を迎えたといっていい。

タランティーノ作品に感じる濃厚な映画愛

 今年の最大の話題作は映画祭直前に追加された、クエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』だった。上映前に「あなたたちと同じ状態で観客が映画を楽しめるよう、ネタバレはしないでほしい」というタランティーノのお願いがアナウンスされたので詳細は控えるが、1969年を舞台にとても楽しく、笑えて、そしてちょっと泣ける、ハリウッドのおとぎ話だということだけはお伝えしたい。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』記者会見(撮影:石津文子)

 映画ファン、そして或る映画監督への愛あるストーリーになっており、「映画とは夢なのだ」というタランティーノ哲学が詰まっている。落ち目のスターを演じるレオもいいが、彼のスタントマン役のブラピがめちゃくちゃかっこいい。やたらとキレッキレで、ブルース・リーより強い、マンガみたいなキャラなのだ。50年前の映画界へのノスタルジーが強すぎたためか無冠に終ったが、ある意味でこれも現代社会風刺と言える映画だ。ネタバレになるから書けないのが残念だが。フィルム撮影にこだわるタランティーノは今作もフィルム(35ミリ)で撮っている。

87歳と88歳! 『男と女』続編は成熟した大人の映画

 新しい風を呼び込もうとする一方で、映画とテレビが一線を画していた時代へのノスタルジーも、今年のカンヌで強く感じた空気だ。

 特別上映されたアヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン主演のクロード・ルルーシュ監督の新作『男と女Ⅲ/人生最良の日々』(仮題)は、1966年の最高賞受賞作『男と女』の続編。雨の中のレッドカーペットとなってしまったが、アヌークの美しさは健在。ルルーシュや共演のモニカ・ベルッチとともにレッドカーペットに登場。ジャン=ルイの姿が見えないと思いきや、足が悪いということで、階段を昇りきったところで合流するという粋な計らいだった。

左からアヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、マリアンヌ・ドニクール(撮影:石津文子)

 『男と女』の映像を混ぜ込みながら、87歳と88歳になった男女が、再び共に時間を過ごす様を描いている。ノスタルジックではあるもののそこに終わらず、現在の二人が軽妙な演技を見せ、老境にあっても最高の時間を過ごそうとする姿は楽しく、美しい。まさに成熟した大人の映画だ。昨年亡くなった作曲家フランシス・レイに捧げられており、あのテーマ曲もさまざまな形で流れる。観終わって、日本ならアヌーク・エーメの役は岸惠子かな、でもトランティニャンに匹敵する男優がもういないなあ、などと感傷に浸ってしまった。

アラン・ドロンに名誉パルムドールが贈られた理由とは

 さらにフランス映画界のみならず、世界で活躍した大スター、アラン・ドロンには名誉パルムドールが贈られた。83歳となったドロンだがまだまだ若々しく、色気があるのがさすが。授賞式前に行われたマスタークラスでは、『山猫』のルキノ・ヴィスコンティらかつての巨匠との仕事を振り返りたびたび涙ぐんでいた。授賞式では愛娘アヌーシュカからトロフィーを贈られると、「私がスターなのだとしたら、それは皆さん観客がいてくれたおかげです」と、再び涙を流した。

名誉パルムドールを受賞したアラン・ドロン(撮影:石津文子)

 ドロンが極右政党党首と親交があることや、過去に女性を叩いたことを認めたり、同性カップルの養子縁組に反対の立場を取っていることもあり、人権団体からの反発もあった。しかし、カンヌ映画祭ディレクターのティエリー・フレモーが「我々はノーベル平和賞を贈るわけではない。ドロンは完璧ではないし、私も完璧ではない」と言ったように、あくまで名誉パルムドールは彼の映画人としての功績を称えるものだ。

 そして受賞記念に上映されたのは、ユダヤ人狩りを描く『パリの灯は遠く』(1976)だった。赤狩りでアメリカを追われたジョセフ・ロージーを監督に迎えて、ドロン自らプロデュースしたこの映画が彼の代表作として選ばれたことに、矛盾を抱えたスター、アラン・ドロンが象徴されている。清濁併せ呑む、この複雑さこそがドロンなのだ。

「映画とは何か?」を問い続けるカンヌ

 映画が映画らしかった時代のスターを称える一方、昨年からNetflixなど配信作品を、コンペ作品から排除するという決断をしたカンヌ国際映画祭。フィルムにこだわるタランティーノと逆に、81歳のルルーシュは、次回作をスマートフォンで撮りたいと言っていた。そして監督週間部門ではローリー・アンダーソンのVR作品も上映された(時間が合わず、観られなかったのが残念)。「映画とは何か?」「映画が持つ力とは何か?」を問い続ける場所、それがカンヌなのだと実感した。

第72回カンヌ国際映画祭(2019年)コンペティション部門の結果 WEB
パルムドール(最高賞) 『Parasite』(韓)監督:ポン・ジュノ
グランプリ 『Atlantics』(仏・セネガル)監督:マティ・ディオップ
審査員賞 『Les Misérables』(仏)監督:ラジ・リ / 『Bacurau』(ブラジル)監督:クレベール・メンドンサ・フィロ&ジュリアノ・ドルネルス
監督賞 ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ『Young Ahmed』(ベルギー・仏)
男優賞 アントニオ・バンデラス『Pain And Glory』(スペイン)監督:ペドロ・アルモドバル
女優賞 エミリー・ビーチャム『Little Joe』(オーストリア・英・独)監督:ジェシカ・ハウスナー
脚本賞 セリーヌ・シアマ『Portrait of a Lady on Fire』(仏)監督:セリーヌ・シアマ

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