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絶望的な片恋を描いて大ヒット! 『愛がなんだ』ロケ地を歩く①

 日本映画インディーズの佳作を上映することで知られる映画館「新宿テアトル」の客層が、今泉力哉監督『愛がなんだ』(2019年4月19日公開)によって一変した。しかもチケットは毎回完売、立ち見チケットもソールドアウト。そうさせるのは、10代、20代の二人組おしゃれ女子で、平日の回も同様。恐るべし、『愛がなんだ』!

『愛がなんだ』テルコ(岸井ゆきの)とマモル(成田凌)の物語がおしゃれ女子に響いた理由とは (c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会

 主演は、岸井ゆきの、成田凌。映画館のおしゃれ女子にうかがうと、映画を見に来るきっかけに“俳優”はなかったという。「成田凌、最近メジャーだし、岸井ゆきの、かわいいけど」と。でも展示された場面スチールの前に立って、友人と記念撮影し合うのは、どうやら滅多に遭遇しない、自分の生活とかなり至近距離にあると感じられる映画に出合ったことへの記念写真であるらしい。

新宿テアトル名物の映画の場面写真展示(撮影:Avanti Press)

 『愛がなんだ』は角田光代原作のある種の恋愛映画。マモちゃん(マモル)への絶望的な片思いを続行中のヒロイン、テルコと、彼女の周囲にある同じようにままならない恋や社会的状況を描いている。なぜこの映画がこんなにヒットしているのか? 映画が撮影されたロケ地を歩きながら、考えてみることにした。

マモちゃんの自宅周辺 実は豪徳寺

 まずは、何度も登場するマモちゃんのアパート近く。映画の中でマモちゃんは、タクシーのドライバーに「世田谷代田」(小田急小田原線)と言っているが、ロケーション撮影が行われたのは2駅離れた「豪徳寺」だ。ともに東京都世田谷区に位置している。

『愛がなんだ』(c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会

 マモちゃんはきっと寂しがりやなのだろう。だから、テルコをご飯に誘うし、彼女ではないけどエッチもする。テルコが拒絶しないから、この関係は肯定されていると思っている。でも彼女じゃないから、自分のテリトリーに深く踏み込まれるのは嫌。バスルームをカビキラーで磨かれたり、ソックス入れを整頓されたり……。

 マモルが部屋で、テルコとそんなこんなの攻防を繰り返す前後に登場するのが、この「豪徳寺商店街」の風景。まず、マモルが、部屋にお泊りしたテルコと焼き芋を買い、半分こして食べる豪徳寺の有名店 「焼き芋専門店ふじ」から。二人が食べたのは、ねっとりクリームのように甘い、一番人気の安納芋。食してみるとまるでお菓子のように滑らかな舌ざわり。冬季は、熟して蜜があふれ出るのだそう。

焼き芋専門店ふじと代表の上原浩史さん(撮影:Avanti Press)

『愛がなんだ』二人が食べたのは一番人気の安納芋 (c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会(撮影:Avanti Press)

 次は「ホームショップうわぼ」(世田谷区豪徳寺1-23-24)。テルコは会社をクビになった日に、ここで二人用の土鍋を購入。そのままマモルの部屋に帰宅して、前述のソックス入れの整理に取り掛かるという流れ。実はこちらのほうが豪徳寺駅の近く、「焼き芋専門店ふじ」への道すがらにある。いろいろな日用品が手ごろな価格で揃っていて、一度入ると今買わなくてもいいものまで購入したくなってしまう、素敵なお店だ。

「ホームショップうわぼ」の外観はどこか懐かしい(撮影:Avanti Press)

 二人がスーパーの袋を手に線路沿いを歩く、幸せショットも豪徳寺。「焼き芋専門店ふじ」を通り越した先の東急世田谷線脇で撮影された。

『愛がなんだ』東急世田谷線脇を歩くふたり (c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会

 テルコが、思い切り“幸せ”と“痛み”を味わうこの町は、若いファミリーが多く、取材当日もバギーカーを押すご夫婦にたくさん遭遇しました。今泉監督が、世田谷代田ではなく豪徳寺をロケ地に選んだのは、物理的な事情はありましょうが、テルコがうっすら夢見る“結婚”を映画の下地に敷いておきたい。そういう狙いがあったのでは、と感じた。

深夜の環七でテルコが味わう寄る辺なさ

 京王線「代田橋」駅方面にもテルコの心情を描く芝居場がある。熱を出したマモルに食べ物を届けに行ったテルコは、バスルームを磨き出したことで帰宅を促され、ビールを飲みながら深夜の環七(環状七号線)を歩くシーン。

テルコが向かう先を決める環七の標識(撮影:Avanti Press)

 前原美野里プロデュ―サーが映画のパンフレットで、「東京って地方出身者の集まりじゃないですか。その中で生きていくうえで、恋愛に限らず皆どこか人肌を求めているところってあると思う。その希薄な空気感みたいなものは2019年にこの題材をやるうえでは絶対に作りたいなと思っていました」というように、住宅が並び、車が絶え間なく往来しながらも、そのひとつたりともテルコを受け入れようとしない、寄る辺なさを味わえるシーン。ただひとつ、友人の葉子の住む「高井戸」を指す標識(世田谷区大原2−20−10あたり)だけが、テルコに行き先を示す。今泉監督も好きなシーンなのだそう。

マモルが誘う居酒屋はロケ界の有名店

 この映画には、ご飯を食べるシーンがたくさん登場する。食事は、生きて行く限り欠かせないもの。悲しかろうが、辛かろうが、最高に嬉しかろうが、ものを食べずには生きられない。ある日テルコは、真夜中に追い返したお詫びとマモルに呼び出され、居酒屋で一緒にご飯を食べる。そのシーンが撮影されたのが、居酒屋 「酔の助神保町本店」

数々の名作に出演している「酔の助神保町本店」(撮影:Avanti Press)

『愛がなんだ』(c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会

 「酔の助」は、『舟を編む』(2013)やヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016)など、年間30作品くらい撮影を受け入れているのだそう。1979(昭和54)年から神保町で営業している老舗で、ロケーション界の有名店なのです。つい最近、撮影されたばかりなのは岡崎体育さん「今宵よい酔い」のMV。お客さんには映画やドラマのファンが多いようで、開店の18時になると次々と詰め掛け、奥座敷まである広い店内はあっという間に一杯。大勢で来店するなら予約は必至。

酔の助神保町本店外観。二人はここでタクシーを待つ(撮影:Avanti Press)

 店長の一山文明さんに「繁盛の秘訣は?」とお聞きすると、やはり「撮影された映画やドラマのファンが来てくださるから」だという。さらに、「なぜこんなにロケ地として選ばれるのか?」と問うと、「私の(ロケ隊への)神対応のせいかな」と笑いながら答えてくれた。

 きっとこれまでもいろいろな便宜をはかってこられたのだろう。その話が広がって、引きも切らずロケ隊が押し寄せる状況になったのだと思う。工夫を凝らしたメニューは楽しく、また大変おいしくリーズナブル。これもお客が通いたくなるのも当然だ。

<次回はマモルとテルコがゾウと会う動物園、ナカハラの個展会場などをご紹介します!>

『愛がなんだ』 WEB
全国にて公開中 配給:エレファントハウス 岸井ゆきの、成田 凌、深川麻衣、若葉竜也、片岡礼子、筒井真理子/江口のりこ 監督:今泉力哉  原作:角田光代「愛がなんだ」(角川文庫刊) (c)2019映画「愛がなんだ」製作委員会

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