ツイート シェア

キューバにアメ車が走る理由とは? 映画ロケ地でめぐるキューバ・ハバナ②

 キューバが頻繁に“映画出演”する理由は、その激動の歴史にあります。近代ではなんといっても、1959年の「キューバ革命」と1962年の「キューバ危機」でしょう。『13デイズ』(2000)で米国側から見た「キューバ危機」危機が描かれたほか、多数のハリウッド映画にキューバという“舞台”が登場しています。とはいえ実は、実際にキューバロケを敢行したハリウッド作品は長くゼロ。「キューバ革命」後の両国は対立関係となり、映画撮影はもちろん一般市民の渡航まで制限されました。

 両国の国交回復は2015年。この歴史的な出来事を受けて誕生した“ハリウッド映画初のキューバロケ作品”が、『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017)です。今回はまず、主要ロケ地の「マレコン通り」(Malecon)からご紹介しましょう!

「これぞハバナ」な海沿い絶景道路は映画の常連

 大人気カーアクションシリーズの第8弾『ワイルド・スピード ICE BREAK』は、カーマニアからも愛される作品。本作でキューバのレースに使用された車は、キューバ名物のクラシック・カーです。でも、アメリカと対立していた国になぜアメ車が? 実は、1959年の革命で倒されたバティスタ政権は根っからの親米。フルヘンシオ・バティスタが政権を取った背後にも米国の存在があり、当時のキューバは実質上、米国の支配下でした。このため、革命前50年代のハバナは“米本土からほど近い観光地“として人気を集めていたのです。

「いかにもキューバ」な雰囲気を出すアメ車。持ち主によってコンディションがまったく違う(撮影:goo映画編集部)

 当時存在したハバナの米国人社会は、カジノホテルやキャバレーといったビジネスなどと一緒にアメ車を持ち込みました。現在キューバを走る50年代アメリカ車は、革命で去った彼らの“置き土産”。修理を重ねた50年代アメ車と、革命後に輸入された旧ソ連車「LADA」(旧ソ連時代は輸出用ブランド名、現在は社名)などが混在する路上は、資本主義から社会主義となった国の流れそのままともいえますね。

 さて、ドミニクはシボレー、相手はフォードに乗って始まる作中のレース。旧市街などの市街地を抜けて、クライマックスはカリブ海を望む海沿いの「マレコン通り」(Malecon)へ。旧市街と新市街を東西で結ぶ「マレコン通り」は、海沿い部分がハバナを象徴する絶景とされています。『エルネスト もう一人のゲバラ』(2017)では、フレディ(オダギリジョー)がバスで通り、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』の冒頭では、道路を打つ高波が印象的でしたね。いずれの作品でも「これぞハバナ」なアイコン的役割を果たしています。

「これぞハバナ」な絶景が続くルートはレースのフィナーレに最適! 普段はぶらぶら歩きに最適なのんびりスポット。帽子や日傘、飲料水の準備をお忘れなく(撮影:goo映画編集部)

 ハバナを象徴する場所で車が火を噴くカーレース、なんていかにもハリウッド的? 実はこのマレコン通り、1957年と1958年のキューバグランプリ(ハバナグランプリ)でレースルートになりました。猛スピードで車が走り抜ける状況は、意外にも初めてではなかったのですね。

革命前のハバナは米マフィアの町!?

 バティスタ政権時代のキューバは事実上、米国の支配下。米政府が投資を促進すると同時に、ラスベガスをカジノの都に変えた米マフィアたちも、ハバナで裏と表のビジネスを展開しました。米アカデミー受賞作『ゴッドファーザー PART II』(1974)で描かれた世界です。

 キューバを訪問したマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)は、父の旧友ハイマン・ロス(リー・ストラスバーグ)の誕生日パーティに出席。ロスはマイケルを「ハバナの利権をゆだねる後継者」と紹介し、さらにハバナで所有するホテルの分配先を公表します。マイケルには「ホテル・カプリ」、エディ・レビンとペニノ兄弟には「ホテル・シビラ・ビルトモア」、そしてレイクビル・ボーイズには「ホテル・ナショナル・デ・キューバ」です。直後にマイケルは、街中で目撃した革命派の爆死を語り、革命の成功を予測。不機嫌になったロスがマイケルに投資金を強く要求したことで、ふたりの関係に明確な影が落ちます。

海沿い道路を見下ろす丘という絶景ポイントに建つ「ホテル・ナショナル・デ・キューバ」(撮影:goo映画編集部)

 ちょっぴり深読みすると、このホテル分配にロスの意図が垣間見えているのかも。ロスが挙げたホテルはいずれも実在しており、そのうちの「ホテル・ナショナル・デ・キューバ」はロスのモデルとなった米マフィア、マイヤー・ランスキーが取り仕切っていました。有力マフィアを集めた「ハバナ会議」もここでの開催です。マイケルの「ホテル・カプリ」も当時は最大級のカジノホテルでしたが、現在のグレードからすると「後継者ならナショナルも相続すべきでは」という気も。ロスはあえてマイケルを外したのでしょうか? ともあれ早速、「ホテル・ナショナル・デ・キューバ」の内部を見てみましょう。

米マフィアから各国要人まで!ホテルの存在自体が歴史

 『ゴッドファーザー PART II』はハリウッド映画のため、キューバのシーンはすべて他国で撮影されています。実際の「ホテル・ナショナル・デ・キューバ」を映画で見るなら、ハバナの1週間を7人の監督が撮影したオムニバス映画『セブン・デイズ・イン・ハバナ』(2012)がオススメ。パブロ・トラペロ監督パートの「ジャム・セッション」では、現地映画祭に招かれながらも家庭内トラブルでやさぐれ、泥酔したエミール・クストリッツァ監督(本人)が千鳥足でホテルを歩きます。

クストリッツァ監督がやさぐれて歩いた中庭。カメラは背後から追います(撮影:goo映画編集部)

 クストリッツァ監督の酔いっぷりに目を奪われがちですが、この中庭にはホテルが歩んだ「闘いの歴史」が刻まれています。普段はカリブ海を見下ろす絶景でも、位置的には北の本土防衛線。このため、バティスタによる1933年のクーデターでは実際の戦場に、革命後1962年の「キューバ危機」では作戦本部が置かれました。近年は2017年のハリケーン「イルマ」の被害も受け、猛烈な風雨で木は折れ館内は停電。「それでもホテルスタッフは一丸となって営業を続けた」と解説の看板が設置されています。

左/島国キューバにとっては北の本土防衛線にあたるため、大砲は海を向いています 右/ハリケーン「イルマ」の猛威を伝える看板と折れた木の残骸(撮影:goo映画編集部)

 『セブン・デイズ・イン・ハバナ』のベニチオ・デル・トロ監督パート「ユマ」では、米国人テディ(ジョシュ・ハッチャーソン)の滞在先として登場します。テディがクラブで誘った謎の美女、ホテルの深夜スタッフが彼女の身分証を確認したことで驚きの展開に。

上/美女が身分証提示を求められる場所。ふたりが乗り込むエレベーターは左手の先に(撮影:goo映画編集部)

 もちろんロケ地とあってベニチオ・デル・トロ監督はホテルを訪れており、ホテル内のレストラン「コメドール デ アギラ」(Comedor de Aguiar)の「有名人のお気に入りメニュー」一覧に入っています。このほか、フランシス・フォード・コッポラ監督やジョン・ウェイン、マーロン・ブランドなどなど、映画人も大勢。

「これでもか!」と掲げられた「有名人のお気に入りメニュー」はインパクト大(撮影:goo映画編集部)

 ケイト・モスやクイーンのメンバーといったいまをときめく系有名人から各国要人まで、実に幅広い層のVIPを受け入れています。

これまでホテルを訪れた他国要人の写真、脇にはゲバラ。要人の訪問時にはフィデル・カストロ氏との公式ディナーなどが開催された(撮影:goo映画編集部)

 また、カフェテリア「フィルム・コーナー」(Film Corner)は、その名の通り映画がテーマ。ラテンアメリカ映画祭の20周年を記念してオープンしたそうです。関連小物の展示やや店内モニタで映像上映など一般的な映画カフェですが、24時間営業はかなりポイントが高いでしょう。

ハバナにはこの手の「映画カフェ」が何軒かある(撮影:goo映画編集部)

 1930年12月オープンの老舗ホテルだけに、存在自体が歴史そのもの。「ハバナ会議」が開催された部屋などを回る館内ツアーも好評だそうですよ。また、ライブサロン「1930」では「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」にゆかりのあるメンバーが出演と、映画関連のネタは豊富。おまけに、ホテル周辺にも映画関連スポットが目白押しです。次回以降でご案内しましょう。

ホテル・ナショナル・デ・キューバ Hotel Nacional de Cuba WEB
住所 Calle 21 y O, Vedado, Plaza, La Habana

 次回はスコセッシとコッポラがほれ込んだミハイル・カラトーゾフ監督作『怒りのキューバ』、キューバ映画不朽の名作『苺とチョコレート』などでハバナをめぐります!

関連記事