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【個性的すぎる映画館】市民の、市民による、市民のための「新潟・市民映画館 シネ・ウインド」

 日本海側本州最大の80万人都市・新潟に、「市民映画館」の看板を掲げる映画館がある。「新潟・市民映画館 シネ・ウインド」だ。その名前から市営と誤解する人もいるかもしれないが、運営しているのは新潟市民による民間団体。運営資金を入場料収入、年間会費、寄付でまかない34年目。今では市内で最も古い映画館となった。

シネ・ウインドの入り口脇外壁(撮影:平辻哲也)

 JR新潟駅から徒歩約10分。ショッピングモール「万代シテイ」の第2駐車場ビルの1階に、その映画館はある。「シネ・ウインド」のウインドとは映画の“窓”(WINDOW)という意味と、新潟に新しい“風”(WIND)を起こそうとの思いが込められている。新潟の地にしっかり根をはりながら、外から来る、映画・演劇・音楽などのあらゆる文化という名の風に対して、常に開かれた空間でありたいとの考えだという。

 映画館は「有限会社新潟市民映画館」が管理し、「新潟・市民映画館鑑賞会」が運営。社員は4人だが、たくさんの会員有志がボランティアスタッフとして活動している。新潟・市民映画館鑑賞会はこの映画館の運営以外に、新潟の映画館の歴史を記した書籍「街の記憶 劇場のあかり」を発行するなどアーカイブ事業にも精力的だ。1スクリーン、94席、全席自由、作品ごとの入替制で1日3〜5作品を上映している。座席は年季が入っているが、それも味の一つ。マチネの上映ではシニア層で賑わっていた。

レトロな雰囲気の劇場内部(撮影・平辻哲也)

 誕生のきっかけは1985年3月、市内の繁華街、古町にあった名画座「ライフ」が閉館したことだった。映画評論家の故・荻昌弘さんが「新潟日報」で“この損失ははかり知れない”との趣旨のエッセーを寄せた。これに衝撃を受けたのが当時36歳の齋藤正行さん(現シネ・ウインド代表)だ。“映画館が潰れたのは俺のせいだ”というくらいまで考え、「ならば、自分で映画館を作ればいい」と思い立った。

齋藤正行代表。「開館当時の仲間、知人がこの世を去ったことが悲しい」とも話す(撮影・平辻哲也)

 しかし、映画館に携わった経験もなければ、ノウハウもない。齋藤さんは映画館の歴史、経営について猛勉強。家族を説得して大手印刷会社を辞め、同年5月には仲間を集め、市民参加、市民出資による映画館を作るための団体「新潟・市民映画館建設準備会」を発足。駅前のビルに事務所を構えた。映画館の開館資金は5,000万円。一口1万円で5,000人が出資すれば、実現できる。そう確信した齋藤さんは広く協力を呼びかけた。

 SNS時代の今なら、クラウドファンディングで呼びかけることもできるが、当時は人に会って、口説くしかない。「ツテを頼って、3人以上集まる場所があれば県北から県南までどこでも行きました。立ち上げたのは俺ですが、偉かったのは出資してくれた地域のみなさん」と齋藤さんは話す。

シネ・ウインドの入り口(撮影:平辻哲也)

 この情熱に動かされ、マスコミも大きく取り上げた。名画座復活をアピールするために7、8月に行った上映会は盛り上がりを見せ、11月には映画を中心に音楽、演劇、文学など幅広く網羅するカルチャー誌「月刊ウインド」を創刊、そして12月7日に「シネ・ウインド」が開館した。オープニング作品は『アラビアのロレンス』(1962)。団体の立ち上げから、わずか7か月のスピード開業だった。

「当時、新潟に映画館はいっぱいあったので、映画館がないから作ったわけではないんです。そこは大きな特徴だと思います。当時はビデオが出てきた頃で、もう少し経つとビデオレンタル店もたくさん生まれてきます。だから、『今から映画館を作るなんて、おかしいんじゃないの?』という人もいた時代でした」と、「月刊ウインド」(定価205円)の発行人、市川明美さんも振り返る。

「月刊ウインド」の編集室。発行人、市川明美さんはボランティアとして活動している。(撮影・平辻哲也)

「シネ・ウインド」はその名の通り、文化の窓を開き、新風を巻き起こした。佐藤真監督のドキュメンタリー『阿賀に生きる』(1992)や、手塚眞監督が新潟出身の作家・坂口安吾の代表作を映画化した『白痴』(1999)の製作にも深く関わり、全国にその名を知らしめる。しかし、経営は順風満帆だったわけではない。さらなる大きな試練は2000年代にやってきたデジタル化の波だった。

映写室には35mm映写機もある。稼働は年に数回程度という(撮影・平辻哲也)

「シネ・ウインド」はフィルム作品の上映を続けたが、それにも限界があった。2009年、経産省によるデジタル化の助成金事業を申請したが、不採択。2011年から勉強会を開催し、2012年秋からデジタル化に向けた募金活動をスタート。2013年3月末までに目標2,000万円のうち1,931万8,637円を集め、6月にデジタル化を完了させた。

 「お金はどれだけあっても足らない」と齋藤さんは言う。観客からは「座席を新しくして欲しい」「スクリーンを張り替えて欲しい」といった声が高まり、2018年8月から12月まで「シネ・ウインド快適化募金」を実施。目標1,000万円のところ約800万円が集まった。現在はリニューアルに向け、準備中だ。

シネ・ウインドの本棚。映画関連書籍のほか、坂口安吾の著作なども並ぶ(撮影・平辻哲也)

 「開館当時はフィルムさえかけられれば、何でもいいと思っていた。ところが、そうはいかなくなった。時代のスピードはますます早くなっている。ただ、長くやればやるほど、当初の思いをつなげていかなければならない。そうじゃないと、『シネ・ウインド』はなくなってしまう」

 齋藤さんはそう話す。全国でも例のない「市民の市民による市民の為の映画館」は当初の情熱を忘れず、さらなる進化を目指す。50年、いや、100年続けられる映画館になるために。

新潟・市民映画館 シネ・ウインド WEB
住所 新潟県新潟市中央区八千代2-1-1 万代シテイ第2駐車場ビル1階
電話 025-243-5530

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