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【個性的すぎる映画館】立ち上げは若松孝二監督! ミニシアター激戦区で異彩を放つ「シネマスコーレ」

 名古屋は狭いエリアにミニシアターがひしめく激戦区。そんな中、ひときわ異彩を放っているのが「シネマスコーレ」だ。アジア映画、日本映画、インディーズ作品など年間約250本を上映するミニシアターは1983年2月、故・若松孝二監督が立ち上げた。「若い人たちが自分の思うような映画を作ってもそれを上映する場がないので、その場を提供したい」という思いは、若松監督なき今も受け継がれている。

シネマスコーレ外観(撮影:平辻哲也)

「ピンク映画界の黒澤明」若松孝二監督が遺したDNA

 JR名古屋駅太閤口通口から徒歩約2分。映画館の象徴である白い看板の「K.WAKATSU’S Cinema Skholē」の文字が目を引く。スコーレはラテン語で「学校」という意味。座席数51席。チケットを買うと、整理券が渡される仕組み。2本以上連続で鑑賞すると、すべて前売料金で観ることができるので、オススメだ。ロビーはないが、通りの斜め向かいには、映画のパンフレットやグッズ、書籍、軽食などを扱う待合スペース 「Cafe スコーレ」がある。

映画関連グッズを購入することができる待合スペース「Cafe スコーレ」(撮影:平辻哲也)

 今秋は、若松組の若き日を描いた門脇麦主演の『止められるか、俺たちを』(2018、白石和彌監督)をロングラン上映。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007)、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011)の井浦新が若き若松監督を演じた。

ロングラン上映となった『止められるか、俺たちを』(C) 2018 若松プロダクション

 「映画化されてよかったな、とは思いますが、過去は振り返りませんし、特に感慨はありません。若松監督は亡くなっても、そのDNAは受け継がれているので」。そう話すのは、支配人の木全(きまた)純治さんだ。

木全純治さん(撮影:平辻哲也)

 名古屋出身、大学時代は京都で名画座通いに明け暮れた。74年の卒業後に映画製作の道を目指して上京するも、当時は映画会社の新卒募集はなく、池袋の名画座「文芸座」に就職。78年の結婚を機に、名古屋にUターン。ビデオ販売業に従事していた83年に若松監督と運命的な出会いを果たし、支配人に就任した。スコーレは副支配人・坪井篤史さんが企画するイベントも大人気。その姿はメ〜テレ(名古屋テレビ放送)が制作・放送し、劇場版も作られた『シネマ狂想曲〜名古屋映画館革命〜』(2017、ギャラクシー賞受賞)でも取り上げられている。

「これからのインディーズ監督に求められる資質」とは?

 木全支配人は、若松監督について「計算ができる芸術家ということが素晴らしい。例えば、監督は演出をしながらも、弁当の値段から宿泊費まで考えることができるんです。こうしたプロデューサーとディレクターの両方の力を持っている人はほとんどいません。これからのインディーズ監督には、この2つの能力が必要です。こうした若松監督の資質を一番受け継いでいるのが、白石和彌監督と(『斬、』が上映中の)塚本晋也監督だと思いますね」と話す。

館内には『一人の息子』の谷健二監督をはじめ、様々な映画人のサインが並ぶ(撮影:平辻哲也)

 スコーレは2000年代、デジタル化の波に押され、全国のミニシアターが相次いで閉館する中でも生き残ってきた。

「90年代最初に中国映画のブームが来て、覆いかぶさるように香港映画が来ました。香港返還(1997年)が終わると、2000年代には韓国、インド映画が人気になりました。いろんな波が来て、その波に乗ったので、おおらかにやってこられたのですが、2008年のリーマンショック以降は厳しくなりましたね。そんな時にいち早くデジタル映写機を導入しました。全部で1,400万円くらいかかりましたが、ラッキーなことに経産省から800万円の助成を受けることができ、600万円で済むことができたんです」

開館35年を経ても止まらない勢い

 最大のヒット作は寺島しのぶが主演した若松監督作『キャタピラー』(2010)。日中戦争で四肢を失った夫(大西信満)と妻の姿を描いた衝撃作は、第60回ベルリン国際映画祭で、寺島に主演女優賞をもたらした。第2位は、元独立工兵隊の奥崎謙三氏が戦時中の部下射殺事件の真相を追う姿を描いた原一男監督によるドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』(1987)。第3位はロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が、終戦直前の昭和天皇(イッセー尾形)の日々を描いた『太陽』(2005)だという。

座席とスクリーン(撮影:平辻哲也)

 『太陽』は、昭和天皇を題材にしていることから、日本での公開は難しいと言われ、当初は東京・銀座シネパトスとスコーレの2館のみのスタートだった。

 「『太陽』は公開後、大きな話題になって、ほかの映画館もかけることになりました。当時はフィルム上映だったので、(フィルムを)次の映画館に渡さなければいけなかったんです。それがなければ、もっといけたと思います。今年、一番当たったのは『カメラを止めるな!』。これも東京2館スタートでしたが、次に上映する8館に入ることができました。(副支配人の)坪井が『さぬき映画祭』で見せてもらって、これはいけると決めました。お客さんが詰めかける中、やりくりして上映回数を増やしました」

作品への思いが伝わる手書きポスター(撮影:平辻哲也)

 世の中に是非を問うエッジの効いた作品を数多く上映し、名古屋から映画館革命を起こしてきた「シネマスコーレ」。その勢いは開館35年を経ても止まらない。

シネマスコーレ WEB
住所 愛知県名古屋市中村区 椿町8−12 アートビル1F
電話番号 052-452-6036
営業時間 10:00〜21:00(年中無休)

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