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名作と名曲に包まれて…老舗ジャズ喫茶「映画館」が刻む喫茶店文化

 レコード盤が高価だった時代、喫茶店でレコードを聴くジャズ喫茶文化が盛んだった。店内では音を立てないよう細心の注意を払い、注文の際もメニューを指差すだけ。私語をすれば「おしゃべりはしないでください」と書かれた紙が出てくることもあったという。そんな昭和の雰囲気を色濃く残した老舗ジャズ喫茶が「映画館」だ。ちなみに、私語はOKなのでご安心を。

フィルムのシルエットとネコ。お好きな方にはたまらないはず(撮影:魚住溶)

 都営地下鉄三田線の白山駅、谷根千エリアとの境界付近。ジャズ喫茶「映画館」の目印はシネマ調の看板だ。現在は東京大学などの学生でにぎわうエリアだが、樋口一葉『にごりえ』の舞台となった白山三業地(花街)の面影も残る。南西には 小石川植物園もあり、カルチャーの香りを求めるぶらり旅にはもってこいだろう。

隠れ家的ムードも漂う(撮影:魚住溶)

オーディオマニアもうわさする音響装置

 店内に入ると、巨大スピーカーが目に飛び込んでくる。オーディオマニアの間で「都内随一」とうわさされる音響装置は、店主の吉田昌弘さんみずからが設置。スピーカーを中心とした空間に演奏するJAZZメンが浮かび上がることを夢想したという。複数のスピーカー組み合すことで音域が補強され、包み込むような重厚なサウンドが成立した。

店内に鎮座する巨大なスピーカー(撮影:魚住溶)

 ホーン型スピーカーのホーン部分を自分で設計し、半年ほどかけて制作。北海道のタモという木を買って型紙を作り、ジグソーで切り出してから「成形しました」と吉田さん。

 吉田さんが目指すものは「なるべく生音に近く聴き疲れしない」サウンド。このため、ホーンだけでなく真空管アンプ(音を増幅する装置)をはじめ、プレイヤーなどほとんどが吉田さんの自作だ。真空管アンプは半導体アンプに比べ、柔らかく温かみがある「生に近い音」になるそう。

自作の真空管アンプ。もちろん修理も自分で(撮影:魚住溶)

 吉田さんはこの素晴らしい装置でフリー・ジャズを聴く。

 「普段はジョン・コルトレーンやエリック・ドルフィーなどを聴くことが多いです。1960年代のフリー・ジャズには、明日が想像できるような、前へ進んでいくような感じがありました」

 「ちょうど先日手に入れたんです」と、世の中になんと150枚しかないセロニアス・モンクの未発表ライブ音源の白ワックス盤LP「Monk」を披露していただいた。

セロニアス・モンクの未発表盤(撮影:魚住溶)

前身の喫茶「映画館」は上映スペースとして

 店内ではスピーカーやレコードに目を奪われがちだが、見回すと随所に映画のポスターが飾られている実は吉田さん、以前はフリーの脚本家・映画監督であり、主に障害者福祉や海外支援などに関する作品を制作していた。生糸を輸出した商人を描いた文化映画『絹の道』(1990)など、複数の受賞経験もある。ジャズ喫茶「映画館」の前身となる喫茶「映画館」のオープンは1978年。きっかけは知人が売りに出したバーを引き継いだことだった。

店主の吉田昌弘さん(撮影:魚住溶)

 「こけら落としには、今村昌平監督の『豚と軍艦』(1961)を上映しました。今村監督の次は大島渚監督作品。日本のヌーヴェルヴァーグの作品はほとんど上映しました。羽仁進監督の『不良少年』(1961)や、中平康監督の『狂った果実』(1956)などもやりましたね。1年間の上映実績ができたことで、当時、あまり上映がなかった黒澤明監督の『わが青春に悔なし』(1946)と『素晴らしき日曜日』(1947)の2本も上映することができました」

 ヌーヴェルヴァーグ作品を上映したいと思った理由は「世代的な影響が大きかった」とも。

歴史とカルチャーが堆積した店内は物語の舞台にもなっている(撮影:魚住溶)

 「1978年から初めの5年ほどは、上映スペースとしてやっていました。当時は16mmフィルムでの上映で、エルモ社の明るい映写機を2台。一番多い時は5台くらいありましたが、今となってはもう飾り。使わなくなった映写機は、オブジェとして飾っています」

 このころから、上映がない時にはジャズを流してコーヒーを出していたそうだ。

枠組みを超えるジャズ喫茶「映画館」

 1983年、建物を取り壊すタイミングで50メートルほど離れた現在の場所に移転。様々なことに挑戦したいという思いから、このとき店名にジャズ名盤タイトル「Somethin’ Else」を加え「JAZZ & somethin’else 喫茶 映画館」とした。また、内装の8割以上を吉田さん自身が手がけたという。

 移転後はジャズ喫茶の枠組みに縛られることなく、芸工展(「まちじゅうが展覧会場」をキーワードにした芸術・工芸イベント)への参加や書籍発売イベントなど、様々な企画を開催。地域文化の振興を担っている。詩の朗読会は形を変えながら15年ほど続いており、参加メンバーには中原中也賞やH氏賞に輝いた方もいるそうだ。

左/店内に置かれていたフリーペーパー 「名画座かんぺ」と「ミニシアターかんぺ」。著者の“のむみち”さんは、「映画館」で対談イベントや上映イベントを行なうことも 右/過去に行われた詩の朗読会の冊子(撮影:魚住溶)

小説や映画、ドラマの舞台にも

 作家・鹿島田真希さんとも縁があり、ジャズ喫茶「映画館」は短編「99の接吻」に実名で登場している(芥川賞受賞作「冥土めぐり」単行本に収録・河出書房新社・1,512円)。また、三島由紀夫賞受賞作「六〇〇〇度の愛」(新潮社・1,512円)は、店内に飾られた『二十四時間の情事』(Hiroshima mon Amour)のポスターに触発されたという。

 さらに、映画やドラマのロケ地としても登場。吉田さんとともに店を運営するパートナーの渡辺絹子さんは語る。

 「舘ひろし・神田正輝主演のドラマ『クロスロード』(2016・NHK)は、全6話のロケをこの店で行いました。それから、竹野内豊主演のドラマ『オリンピックの身代金』(2013・テレ朝系)では、身代金目当ての悪党が悪巧みをする根城として(笑)。映画では井筒和幸監督の『パッチギ! LOVE&PEACE』(2007)でロケ地になりました」

左がパートナーの渡辺絹子さん。以前はシノプシス(テレビ番組や映画の原作となるあらすじ)を書く仕事をしていた(撮影:魚住溶)

看板猫の虎太郎。先代の看板猫・オイの息子だ。話の合間にも時折店に入ってきたり、出ていったりする。癌で早逝した父親には1年ほど育てられた。(提供:ジャズ喫茶「映画館」)

 両氏とも、映画監督を招いての上映会や映画に関するトークショーなどのイベントを、今後も行なっていきたい考えだ。

 「近年ジャズ喫茶自体が衰退していますが、衰退しているのはジャズ喫茶だけでなく、喫茶店文化そのものだと思っています。ジャズファンや付き合いのある喫茶店と、どうやって喫茶店文化を復権していくことができるのかを考えていきたい」。吉田さんは穏やかに締めくくった。

ジャズ喫茶「映画館」 WEB
住所 東京都文京区白山5丁目33−19
営業時間 16:00〜23:30(日曜休)

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