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役所広司主演『峠 最後のサムライ』ロケ地に感じる黒澤監督のDNA

 役所広司主演×司馬遼太郎原作の時代劇 『峠 最後のサムライ』(2020年公開)が、新潟を中心に11月下旬まで撮影中です。製作陣は、小泉堯史監督をはじめとする黒澤明監督を支えていたスタッフたち。時代劇を撮影できる場所が減りつつある中、妥協を許さぬ彼らがロケ地の一つに選んだのが、新潟市江南区にある特定有形文化財 「豪農の館 北方文化博物館」(新潟県新潟市江南区沢海2-15-25)。

 実はココ、黒澤監督『椿三十郎』(1962)をリメイクした森田芳光監督版『椿三十郎』(2007)のロケ地でもある。ここには、黒澤監督の血を受け継ぐ人たちを惹きつける何かがあるようです。

「豪農の館 北方文化博物館」の正門(撮影:中山治美)

新潟随一の大地主! 豪農・伊藤邸

 豪農――。

 パンチのあるこの言葉だけで一般庶民は浮き足立ってしまいます。豪華客船の旅とか、豪邸訪問とか“豪”の字が心を掻き立てるのでしょうか。しかも1000ヘクタール以上の小作地を所有する“千町歩地主”と呼ばれる大地主は、北海道以外には全国で9家しかいなかったそうですが、うち5家が新潟だそうなので、米どころ侮るなかれです。

こちらが伊藤邸。訪問したのは10月中旬。紅葉が始まっていた(撮影:中山治美)

 そのうちの1家、伊藤家の邸宅を遺構し、当時の暮らしを今に伝えるのが「豪農の館 北方文化博物館」です。2万9100平方メートルの広大な敷地にある本邸は、1882年(明治15年)から約8年かけて建てられた純日本式住居。

趣ある伊藤家・主屋の玄関(撮影:中山治美)

 この日は本邸の中でも、冠婚葬祭など特別な行事にだけ年に数回使用されていたという大広間を借り切っての撮影です。

師弟共演も彩る職人技

 映画は、“風雲児”と称された越後長岡藩家老・河井継之助(役所広司)の視点から改めて戊辰戦争を振り返るもの。この日の撮影は前半の山場。畳100枚にも及ぶ大広間を長岡藩邸・上段の間に見立て、仲代達矢演じる第11代藩主・牧野雪堂(忠恭)に継之助が謁見し、藩としての戦の方針を確認し合う緊迫感溢れるシーン。劇団無名塾の主宰者である仲代と、同劇団出身の役所は師弟関係。貴重な共演を、黒澤作品の伝統を受け継ぎフィルムで捉える。

伊藤邸の大広間で撮影された牧野雪堂(忠恭)役の仲代達矢(左)と河井継之助役の役所広司(右)の共演シーン (C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 歴史的瞬間に立ち会っているかのようで、取材しているこちらまでも凛とした気持ちになります。

 と言いつつ、目はおのずと滅多に拝見できない大広間に。筆者、函館のにしん御殿・小樽貴賓館を見学した時に学びました。成金趣味と異なり、本当の富豪は建材や、細かい部分に職人技を駆使した技法を用いて、本物の贅を尽くすことを。その最たるが、庭園との一体感を生む空間の演出です。その為に、廊下に一切柱を建てず、釣欄間技法が用いられているんですね。どうです? この緑の眩しいこと! 撮影でも照明のみならず、外から入ってくる自然光も生かされているようです。

伊藤邸の主屋棟2階から中庭越しに大広間棟を望む。撮影機材が並んでます(撮影:中山治美)

積み重ねた歴史をフィルムに――

 そしてこの庭園を使って撮影されたのが、『椿三十郎』。藤田まこと演じる城代家老・睦田の邸宅という設定です。その睦田が、汚職の発覚を恐れた輩たちの策略で連れ去られたと聞きつけ、三十郎(織田裕二)や甥の井坂伊織(松山ケンイチ)らが庭から侵入して奥方たちを助けに来るシーンが撮影されています。

大広間に面した回遊式庭園で森田芳光監督『椿三十郎』の撮影が行われた。その庭を最大限に楽しめるよう、廊下に柱を建てない、釣欄間技法が用いられている (C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 庭師は、新潟県柏崎市出身で、京都・銀閣寺の発掘修復活動も手がけた田中泰阿弥。泉池の周囲には各地の名石が配され、庭園内には5つの茶室(非公開)もあるとか。森田監督は「黒澤作品のイメージに近い」とロケ地に決めたようです。この積み重ねた歴史や重みは、確実にフィルムに宿っております。

27畳の広さを持つ伊藤家の茶の間(撮影:中山治美)

資料館も必見! 伊藤家の生活

 大広間と中庭を面して建つ主屋棟は、伊藤家の生活の場。1階には、約50人いたという従業員の胃袋を支える約70坪の台所があります。

広々とした伊藤家の台所。大所帯のため、毎朝1俵の米を炊いていたという(撮影:吉田佳代)

左/伊藤家の台所。ここで従業員約50人の胃袋を支えていたという 右/伊藤家の台所には、こんな珍しいものも展示されている(撮影:中山治美)

左/伊藤家の台所に並ぶ年季の入った調理器具。おそらく、金属加工で有名な燕三条産。手にするとどれも軽くて、使いやすそう 右/この上には、写真に収まりきれない三日三晩の祝膳献立表がズラーっと。華やかなりし時代がうかがえます(撮影:中山治美)

左/考古資料館に展示されている不動産売買に関する帳簿。分厚さにびっくり(撮影:中山治美)右/伊藤家の金庫。扉が分厚い(撮影:吉田佳代)

左/伊藤家・主屋棟では所有する美術品が展示されている。伊万里や古伊万里の立派な大皿が並んでいた(撮影:吉田佳代)右/伊藤家の家訓の一つ、日下部鳴鶴・書の「楽事は盡さ不るを以て趣有りと為す」(楽しい事は尽くしてはいけない ほどほどに)。肝に銘じます(撮影:中山治美)

昔ながらの暮らしに触れる

 そして地元・新潟や、継之助終焉の地・福島のメディアが参加しての『峠 最後のサムライ』記者会見は、敷地内にある常盤荘と名付けられたはなれ座敷で行われました。

記者会見が行われた常盤荘。旧宅のはなれ座敷として使用されていたという(撮影:中山治美)

記者会見中の役所広司(左)と小泉堯史監督(右) (C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 この前には移築された古民家やハス池があって、昔懐かしい里山の風景を再現しています。フランスのヴェルサイユ宮殿に例えるなら、マリー・アントワネットが愛したプチ・トリアノンのような位置づけでしょうか。

左/敷地内には県内から移築された古民家も保存されている(撮影:中山治美) 右/江戸初期の暮らしを再現した古民家の内部(撮影:中山治美)

 ただ残念ながらハスの花は6月~7月、敷地中央にある大藤は5月初旬、各所に植えられた桜は4月が見頃。おまけに紅葉にはちょっと早い時期での訪問だったので、景色を堪能するまでには至らず。
 

左/初夏には綺麗な花を咲かせているでしょう!ハス池(撮影:中山治美) 右/取材であることを忘れ、ハス池を見ながら瞑想する筆者(撮影:吉田佳代)

 郷土料理が楽しめる古民家食堂・みそ蔵は役者やスタッフの控え室となっていた為、営業はお休み。何より心残りは、敷地内にはある純和風の宿「豪農の宿 大呂菴(だいろあん)」に立ち寄れなかったこと。宿泊は1日3組限定で、施設内にはテレビやラジオも設置されていないとか。築約100年の建物に泊まり、まさに昔ながらの暮らしを味わうという趣向のようです。果たして現代人の私たちは、スマホに手を伸ばさす、静寂の夜を過ごすことはできるのでしょうか。

戊辰戦争150年への思い

 新潟県内での撮影はほかに、実際に決戦の舞台となった信濃川や八丁沖でも行われたそうです。そこには地元エキストラも多数参加し、中には先祖が継之助の家臣だったという人もいたとか。それだけに「西軍だけは演じたくない」という人もいたそうです。

小泉監督は茨城・水戸出身。作品には水戸藩第9代藩主・徳川斉昭の7男である徳川慶喜が、どんな思いで大政奉還を行ったのかも綴られている (C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 今年、政府は明治維新150年と銘打って関連施策推進室を立ち上げて関連イベントを多数行っていますが、やはり新潟をはじめ東軍側の地域にとっては戊辰戦争150年の年。撮影前に、故郷・長岡の 栄凉寺にある継之助の墓参りを役所さんも「映画の中でも後世の人たちに伝えるメッセージがありますけど、いまだ長岡の人の中には、戊辰戦争の頃の魂や悔しさを含めて生き続けているのだなと実感します」としみじみ。

「小泉組に来ると自分は若手なので……」と監督やベテランスタッフをイジる役所広司。長岡出身者を演じるのは『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』(2011)に続いて2度目。長岡と何かと縁がある (C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 1つの歴史も、別視点から見つめると全く異なる真実が浮かび上がってくる。それを実証するであろう『峠 最後のサムライ』への期待値がますます高まってしまいます。

映画とともに新潟を味わう

 取材後、路線バスに約1時間揺られて新潟駅に戻りましたが、北方文化博物館では紅葉時期の12月9日までの土日祝は、無料シャトルを運行しています。そして11月16日~18日は紅葉ライトアップを開催。大広間から見る紅葉を想像しただけでテンションが高まります。

左/新潟といったらへぎそば! 東京・渋谷の再開発で須坂屋そば渋谷駅東口店が閉店してしまったので、 新潟駅前店(新潟県新潟市中央区弁天1-4-29)を見つけて狂喜乱舞 右/新潟名物へぎそば。つなぎに布海苔という海藻を使い、“へぎ”と呼ばれる器に盛り付けてある(撮影:中山治美)

河井継之助さんにあやかって、長岡名物・栃尾のあぶらあげをいただきました(撮影:中山治美)

 旅の締めに駅前で新潟名物へぎそばと日本酒を味わいながら、これは映画が公開された暁には、ロケ地巡りに絶対再訪せねば、心に誓ったのでした。

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