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出会うために別れるために、アーティストふたりは旅に出る~『顔たち、ところどころ』

『5時から7時までのクレオ』(1961)やベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した『幸福』(1964)、ドキュメンタリー『アニエスの浜辺』(2008)などで知られ、2018年には米アカデミー賞の名誉賞を授与されたアニエス・ヴァルダ監督。誰もが認めるフランスの大御所監督である彼女が、54歳年下のフランス人男性アーティストJR(ジェイアール)と旅に出た。本作『顔たち、ところどころ』は、祖母と孫ほど年が離れたアーティストふたりの旅を描いた作品だ。

2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開 (C) Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016.

 JRの作品は撮影したポートレートを大判出力し、壁に貼り付けるというスタイル。日本でも東日本大震災の被災地で作品を制作したほか、大規模な展覧会が開催されるなど知名度は高い。本作撮影時の彼は37歳、アニエスは87歳だった。50以上離れた老人、しかも旧知の仲でもない相手との旅。しかもおたがいアーティストとくれば、いったいどんな会話になるのやら……と思いきや、やりとりは長年の友人のように軽妙だ。

 要求が明確でストレートな物言いのアニエス、頭の回転が速くさりげない気遣いにあふれたJR。驚くべきはJRの孫ぶりだろう。アニエスへのリスペクトを絶やさずに、ときに作品の共同制作者&監督として意見を戦わせる姿はまさに「理想的な孫」。彼は実際に実の祖母とも非常に親密で、現在も訪問を欠かしていない。アニエスと祖母を引き合わせる際の彼はまるで、かわいらしい少年時代に戻ったかのように見える。

2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開 (C) Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016.

 この心強い旅のパートナーに、アニエスはさまざまなことを語る。失われつつある視力、少しずつ迫る最期、そして人生。ただしもちろん、説教でも嘆きでもない。アニエスの目的はただ、都会派アーティストのJRをフランスの地方都市へ連れ出すことだった。JRのスタジオ付きトラックで移動し、湾岸労働者の妻たちを撮影し、見捨てられた廃村でパーティを開き、写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの墓に行く。人々と接し、受けたインプレッションを作品で表現する。そして、ふたりの作品制作に「巻き込まれる」人々にも、忘れられない時間を残す。そのふれあいは観る者の心を温めるだろう。人々が語る彼らの人生と思いにしても、それぞれに深いものが存在する。

2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開 (C) Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016.

 だが本作は、ふたりの旅を追うだけではない。本作はドキュメンタリーであり、ロードムービーだ。挿入されるふたりの対話シーンは構図やテンポなどで「映画的」に強調され、単純なドキュメンタリーではないことを暗に示す。そして旅が進むにつれ、ハートウォーミングな世界の上に薄くかかる雲のような影。

 公開に際した対談で、ふたりはこう語った。

JR「僕らは決まった場所で長く過ごすわけじゃない。だから僕らがいる時間は特別なものになるんだ」

アニエス「私がドキュメンタリーを好きなのは、そういうところなのよ。誰かと数日一緒にすごして、友達になるけど、やがて疎遠になっていく。それはあなたが貼った巨大な写真が、やがて壁から消えてなくなるのと同じなのよ。そういった瞬間は魔法のようなものだと誰もがわかっているの。人との出会いの瞬間ね(後略)」

2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開 (C) Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016.

 人々と出会い、触れ合い、別れる。完成した作品は人々を喜ばせる。では、制作と移動を続ける当事者のふたりはどうだろう。魔法のような瞬間を追い求める旅、果てにはいったいなにがあるのか。ジャン・リュック=ゴダール宅訪問のエピソードは、その答えを垣間見せてくれる。アニエスの『5時から7時までのクレオ』に出演したゴダールは、トレードマークの黒眼鏡をはずしてみせるほど近い間柄だった。

 JRのトレードマークも黒眼鏡だ。「はずして」「はずさない」と何度も軽く言い合いながら、ふたりはゴダールが暮らすスイスへ向かう。彼は現れるのか。この結果には前半の心温まるムードが消えてしまうかもしれない。けれど、このエピソードによってやはり、本作がただの感動作ではないともわかるだろう。

 旅の果てに見えるものは、永遠に満たされないアーティストの魂かもしれない。「自分探し」という表現はミスマッチだ。出会い続けることを選んだふたりは、自分を探してなどいない。むしろ恐るべきバイタリティーで、旅という非日常が作り出すシチュエーションのなかを積極的に彷徨う。出会いの瞬間はいくら魔法のようでも、最後はかならず疎遠になり、各自がひとりに戻る事実を潔く引き受けた上で。出会うための旅とは一方で別れるための旅でもある。

 このあたり、旅好きにも通じる意識ではないだろうか。「旅に出る理由」を改めてじっくり考えてみたくなる、そんな作品だ。

『顔たち、ところどころ』  WEB 
2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開 監督・脚本・ナレーション:アニエス・ヴァルダ、JR 出演:アニエス・ヴァルダ、JR 音楽:マチュー・シェディッド(-M-) 字幕翻訳: 寺尾次郎 配給・宣伝:アップリンク


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