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ウィンブルドンのセンターコート、それはふたりに用意された「戦場」~『ボルグ/マッケンロー 炎の男と氷の男』

 スポーツには結果がある。どの競技であろうと始まれば「戦い」であり、最後には勝者と敗者が決まる。なかでもテニスのウィンブルドン選手権(全英)のセンターコートは極めてレベルが高い「戦場」といえるだろう。ビヨン・ボルグとジョン・マッケンローは1980年、ここで3時間55分にわたる「死闘」を繰り広げた。『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』は、この決勝戦に至るまでのふたりを描いた作品だ。

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開 (C) AB Svensk Filmindustri 2017

 グランドスラムと呼ばれるテニスの国際4大大会において、唯一開催地の地名を冠するウィンブルドン選手権(The Championships, Wimbledon)。ロンドン南西部のウィンブルドンに位置する会場 「オールイングランド・ローンテニス&クローケー・クラブ」は、英国のテニスクラブにおける総本山的存在だ。入会には既存会員の複数名の推薦といった高いハードルが設けられ、選手権の出場選手にしても着用が許されるウェアは白色のみと、素人の我々でも敷居の高さを感じる。伝統に関する薀蓄は玄人に任せるとして、いまも頑に「紳士淑女のスポーツ」テニスを守り通そうとする場所は、独特の空気感を維持している。

 ボルグは1976年、20歳でこの選手権を初制覇した。本作では5連覇をかけて挑んだ1980年の選手権が描かれ、スベリル・グドナソン演じるボルグは「絶対王者」という薄氷の上に立っている。5連覇の重圧に襲われたボルグを支える存在は、専属コーチのレナート・ベルグリン(ステランス・カルスガルド)。ベルグリンは短気でキレやすかった少年時代のボルグに手を差し伸べ、「氷の男」に育て上げたテニスにおける父親役だ。グドナソンとカルスガルドはともにスウェーデン出身のため、ふたりの対峙は全編スウェーデン語が使われる。9歳から13歳のボルグを演じるレオ・ボルグ(もちろんボルグの実子)と合わせて、物語のリアル感を高める要素だろう。

 決勝戦で立ちはだかる21歳のマッケンロー役はシャイア・ブラーフ。傍若無人な振る舞いで「悪童」と呼ばれていたマッケンローもまた、父親の影響を強く受けていた。高名な弁護士である父親のために「褒められる息子」であろうとし続けた少年時代。選手になってからも父親に長距離電話をかける姿は健気で一途だ。実際のブラーフは「悪童」を超える行動の数々で評判を落としたが、現在は着実に軌道修正している。生来の素直さと真面目さはマッケンローとも重なって見え、こちらも好演だ。

 本作のサブタイトルは「氷の男と炎の男」だが、実のところ正確ではないかもしれない。描かれているふたりの男はともに「炎」でしかないからだ。共通項は「自分にはテニスしかない」という悲痛なまでの決意。幸か不幸か凡人の我々には「なぜそこまでテニスなのか」という根本的な疑問も浮かぶ。だが、ふたりの幼少期を見ていると「そこにテニスがあったからだ」としか思えなくもない。

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開 (C) AB Svensk Filmindustri 2017

 息つまる緊張感のなかでトーナメントを勝ち上ったふたりは、ついにセンターコートでの「最終決戦」に赴く。試合直前のウェイティングエリア、ふたりが背にする壁には次の一節が書かれている。

If you can meet with Triumph and Disaster and treat those two impostors just the same.(字幕:栄光も挫折も虚像として等しく扱えるならば)

 英国の小説家・詩人ラドヤード・キップリングによる詩「if-」の一節。タイトル通り多数の「if(もし)」が羅列されたこの詩は、「(もしそうできたならば)この地とそこにあるすべてはお前のものだ」と続く。まるで、この先のセンターコートには勝敗を超えたなにかが存在するという暗示のようだ。そしてふたりは、センターコートという「戦場」に現れる。ネットを挟んでラケットで打ち合う球は、互いの心臓をめがけて放たれる矢のようなもの。相手の息の根が止まるまで矢を射続ける戦いはそのうち、名声のためでも父親のためでもなく、自分自身に打ち勝つためだと明確になっていく。また同時に、これこそふたりがテニスを選び続けた理由だと。

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開 (C) AB Svensk Filmindustri 2017

 互いが真の対戦相手である自分自身を倒そうとする戦いは、前代未聞のシーソーゲームになる。その応酬を拍手とともに見守る観戦者たち。四方からコートを見下ろす観戦席は他の競技場でもおなじみだが、よくぞこの残酷な構造を考えついたものだ。絶対的な安全圏から「死闘」を見下ろす行為は、まさに「高みの見物」。まるでふたりは、大衆に「死闘」を捧げるべく選ばれた生贄のようにも思えてくる。作中でもボルグを支えたもうひとり、婚約者のマリアナ(ツヴァ・ノボトニー)は試合中にこう漏らす。「もう見ていられない」。

 大衆に捧げられる残酷な「死闘」。それは激しければ激しいほど、歴史に残るドラマとなる。現実の試合結果は誰もが知るところだが、もし鑑賞者が「栄光も挫折も虚像として等しく扱えるならば」それぞれに感じるものがあるはずだ。またさらに、ふたりの「死闘」はこのセンターコートでなくしては起こりえなかったとも確信できるだろう。本作に登場するセンターコートはチェコの首都プラハに再現されたものだが、肌を切り裂くような当時の緊張感はむしろ色濃く浮かび上がっている。

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開 (C) AB Svensk Filmindustri 2017

 素っ気ない言い方をすれば、男ふたりがテニスで戦っただけの話だ。だが、テニスという競技の残酷さとそれゆえに増す魅力、ウィンブルドンのセンターコートが秘める魔力のようなものを強く感じる作品といえる。そして鑑賞後は、テレビの前で手に汗握るだけでは飽き足りない自分に気づくかもしれない。ウィンブルドンのセンターコートには2009年、グランドスラム大会会場で2例目の開閉式屋根が設置された。また、芝の色なども1980年当時とは異なる。それでも、センターコートの見学者は後を絶たない。いまもなお極上の「戦場」、この「絶対王者」を破る者だけは今後も現れないだろう。

『ボルグ/マッケンロー 炎の男と氷の男』 WEB
TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開 配給:ギャガ

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