アジア映画史上最大規模、製作費100億円のスペクタクル巨編『レッドクリフ PartI』がいよいよ11月1日から公開される。三国志に描かれる「赤壁の戦い」の中心人物となり、知と徳で人心を束ねた知将・周瑜(しゅうゆ)を演じるのは、国際的に評価の高いトップスター、トニー・レオン。なぜ彼は20年間、アジア映画界を牽引する存在であり続けるのか?彼の演技に対する姿勢がわかる貴重なロングインタビューをお届け!

― 周瑜の役作りはどのように行ったのでしょうか?
トニー・レオン(以下、トニー):
今回、監督には史実に近づいて撮りたいという希望がありました。中国では「三国志演義」という小説があるんですが、史実とは内容が違います。監督はよく知られた小説の「三国志演義」ではなく、史実の「三国志」に近づくように、と考えていました。
まず、当然この「三国志」に関する資料を読まなくてはいけないと思い、周瑜が歴史上どう描かれているのか調べました。問題はこの仕事を引き受けてから時間も資料もあまりなかったことですね。それで、現場に入ってから演じながら周瑜という人物を発展させていったんです。どちらかというと、ウォン・カーウァイ監督のもとで映画を撮っていた時のやり方と非常に似ています。
衣装を担当したティム・イップは、周瑜の人物造形を非常に助けてくれました。外見を男らしく設定してくれたので、役作りの上で大変助かりました。
― 共通点も多い孔明と周瑜の違いを意識したことはありますか?
トニー:
まず周瑜は非常に責任感が強くモラルがあって、何をやっても周りのことを考えて心配します。例えば、国はどうなるのか、他の人はどう考えるのか、自分の部下はどう思うのか、あるいは妻はどう思うのか。要は道徳的な部分があって、背負ってるものが多いのです。
一方、孔明はそういうものが全くありません。彼は単なる劉備の軍師で、劉備のために情勢を分析して行動する。だから何をやっても自由でこだわりがない。そこから彼のキャラクターが生まれるのです。孔明はお洒落でユーモアがあり、楽しく生きている。そこは周瑜との一番の違いだと思いました。
定かではないんですが、孔明は監督の理想像なのではないかと思います。でも、実際の監督は周瑜に似ているんです。つまり現場での監督は、何をやっても心配だし責任を感じているんです。こういうことをやって失敗したら、スタッフに迷惑をかける、役者に迷惑をかける、投資者に迷惑をかける、最終的には観客の皆さんにご迷惑をかけるのではないかと。何をやっても使命感があるんですね。監督は本当に軍師のような人でした。

― ご自身は周瑜と孔明、どちらに近いとお考えですか?
トニー:
僕も監督と同じく周瑜ですね。でも本当は孔明のようにになりたいと思っています。孔明なら、何にもこだわることなく、自由にやることができる。周瑜の役になりきると、背負っているものがあれこれ重すぎてしんどいなと思いました。軍師の役って疲れますよね(笑)。
もし選ばせてもらえるのなら、曹操を演じてもいいかなと思います。曹操もモラルや心配など、背負ってるものがありません。目的を達成するための手段を選ばず、他人の気持ちを考える必要もない、何をやってもいいキャラクターですから。
― 周瑜と同じく完璧なあなたにも、孔明のようなライバルはいらっしゃいますか?
トニー: まず、この周瑜の役を演じていて、この人は本当に完璧な人物だと思いました。彼には欠点は何もありません。でも、現実の僕は普通の人間で、欠点だらけですよ。
ライバルについてはあまり考えたことがありません。演技をすることは僕の趣味であって、演技のライバルは存在しませんから。演技するには共演の相手を必要とします。だからチームワークでもあり、お互いに助け合って、あるいは刺激し合うことで、演技がはじめて磨かれていくんです。そういう意味ではライバルは全くいないと言っていいでしょうね。

― 数多くの出演作の中でご自身に一番近かった役は?
トニー:
どの役を演じていても、必ず自分の一部が入っていると思います。だからその中で一番自分に近いキャラクターというのは言いにくいですね。どの役も僕自身とその役との混合体、ミックスだという風に考えていただければいいと思います。
ときどき、撮影が終わっても自分は本当の自分なのか、映画の中の役なのか区別がつかなくなって混乱してしまうことがよくあります。これはひょっとしたら多くの役者が抱える共通の問題かもしれません。
― 周瑜の役柄はもう抜けましたか?
トニー:
役者としては撮影が終わると、早くその役から離れたいんです。だから、クルーの人にも誰にも会いたくない。その話も聞きたくない。映画も観たくない。ところが、インタビューでこのように質問攻めに合うので、また思い出させられます。ですから、いま本当に周瑜から離れたか、離れていないかは私もよくわかりません。
去年、ベネチアでヨーロッパの記者にインタビューを受けた時に、「一番嫌いなことは何ですか?」と聞かれ、「インタビューを受けることだ」と答えたぐらいです(笑)。
例えば、ヨーロッパで『ラスト、コーション』のプロモーションをした際に、ポマードを塗り60年代の衣装を身に着けて、タン・ウェイと一緒に歩いたんです。するとその瞬間、なぜか『花様年華』のメロディが流れてくるんですよ。歩くリズムも『花様年華』の人物になってしまって、いま何をやってるんだろうって訳が分からなくなってしまうんです。
そういう意味では、自分の演じた役から離れることは永遠にできないと思います。1本映画が終わって、僕は次の役に逃げ込むだけだと思うんですね。何かがあったら昔の役が出てきてしまう。例えば、ほんのわずかな仕事や、音楽、天気といった些細なことでも、昔の役がポンと出て来て、その役になってしまうことがよくあります。

― ジョン・ウー監督との久しぶりのコラボレーションはいかがでしたか。
トニー:
現場の雰囲気が全く違いますね。今回現場に入って、まさにこの映画のテーマ“団結する精神”を実感しました。実は、最初に「監督、どうしてこんな大変な映画を撮るんですか?ひょっとしたら完成できないんじゃないですか」と言ったんです。ところが、現場に行って監督を見ると、彼はどんな困難な局面にあっても前向きに乗り越えようとしていました。非常にポジティブな人なんですね。僕は正反対で非常に悲観的な人間なんです。だから、今回この映画に出演して、監督の物事に対する前向きな姿勢に強く影響を受けました。
― とりわけ思い入れのあるシーンはどこですか?
トニー:
僕は特定のシーンに思い入れを入れるということがないんです。どちらかというと、演じる役に集中しようとしていました。先ほどもお話したように、今回は撮影まで時間がなかったので、より多くの時間をかけてじっくりその人物を探求しようとしたんです。
僕と金城さんとの現場でのアプローチはかなり違うと思います。金城さんは、アイディアが豊富で、思いついたらすぐに監督に提案する。僕は現場では一言も言わないんです。監督がこうしてくださいって言ったら、はい、こうやりますと受け入れる。アイディアや考えがあっても言いません。静かに監督の意見を取り入れます。ですから、特定のシーンへの思い入れがあまりないのです。






